第23話 斬首姫

 教会の前にやってきた豪勢な馬車に乗せられ、アリサたちはとんとん拍子で王宮へと向かう。道中、車内でずっとそわそわしているクラムを横目に、アリサは堪能するように街の景観を眺めていた。


 車窓から覗く街並みはまさしく平和そのもので、道行く人はみな楽しそうに笑っている。


「あの中のどの程度が人で、どの程度が魔人なのでしょう」

「さあな、ほとんどが魔人だとは聞くが」

「魔人の方たちは我々を拒否しないのですね」

「まあ、先に攻めてきたのは魔王軍の方だしな。俺たちが何かしたってことはないだろ」

「このような治世を敷かれる王妃様はさぞご立派な方なのでしょう」

「……そうでもないかもしれないぞ」



 クラムは御者に聞かれないようそっと小声でそう言った。



「? それはどういう……」

「勇者狩りの頃はあまり街に赴かなかったから詳しいわけではないが、トロイアの王妃様は民の間で変な呼ばれ方をしているんだ」

「変な呼ばれ方ですか? それはどういう……」


「斬首姫、ってな」

「……斬首姫?」



 斬首姫……俗称にしてはかなり物騒な名だな。



「なんでそう呼ばれてるかは知らん。気に食わない部下を処刑しまくったからそう呼ばれてるじゃねえかとグレッグは言っていたな」

「ククク……怖いな……」



 そんな話をしていると馬車は王宮につき、俺たちはその斬首姫がおわす玉座の間まで案内される。


 一人の従者が扉を開けると、両脇にずらりと並んだ従者の奥にポツンと小さめの玉座が鎮座しているのが目に入る。



「ステラシア王妃がお出になるまで中でお待ちください」



 そう言って中にどうぞとジェスチャーをする従者。アリサは一礼し玉座の間に入り、クラムもぎこちなくそれに続く。


 並んだ従者たちにじろじろと見られながら玉座の前で跪いて待っていると、コツンコツンと硬い靴が床を叩く音が聞こえてくる。



「面を上げよ」



 音の主は目の前の椅子にどさっと座り、開口一番にそう告げた。言われるがままに顔を上げたアリサとクラムは、彼女の姿を目にし驚愕する。



「ぬしらが魔剣を持って教会に現れたという輩かえ?」

「……!」



 玉座に座るその少女には、頭が無かった。



 いや、正確にいうとちゃんと頭はある。ただし、彼女の膝の上にだが。


 皇族であることを主張するかのような煌びやかなドレスに身を包んだ頭のないそいつは、膝に乗せている鋭さと底知れない笑みを湛えた顔の頭を静かに撫でている。



「あの、あなたが王妃様なのですか? 頭が離れてますけど」

「ぬ? そうか、ぬしらは此世界しせかいの者か。見慣れてないわけだ。いかにも、我がトロイアの王、ステラシア・ラング・トロイアじゃ。この頭はまあ、なんじゃ……呪いみたいなものじゃ。首切られた時になんぞ死なんかったんじゃ。まあそんな気にするでない!」


「斬首姫って、斬首された姫ってことか……」

「ククク……納得……」


「ステラシア王妃、此世界というのは?」

「ぬしらがこっちを魔世界と呼ぶように、我々も穴の向こうを此世界と呼んどるんじゃ」

「なるほど、便利ですね。私も今度からそう呼びます」

「かか! ぬしは面白いやつじゃの。」



 膝の上の頭はかかかと大声をあげて笑う。その姿は生気にあふれている。


 首を斬られて生きている生物なんて聞いたことが無い。リッチやアンデットであれば可能かもしれないが、この王妃様からはアンデット特有の死臭や腐ったような魔力は感じ取れない。


 ステラシアはひとしきり笑うと居住まいを正し、手で頭をアリサの方に向ける。



「さて、本題に入ろうかの。魔剣を解呪してほしい、だったかの?」

「はい」

「もちろん可能ぞ。我が国の聖職者どもは粒ぞろいだからの」

「本当ですか……!」

「ククク……僥倖だな……」


「それに、こっちの世界も当然一枚岩じゃない。ほとんどの国は魔王に与しておるが、我がトロイアは違う。此人しじんも魔人も区別なく住み暮らしておるのじゃ。が……魔王はそれが気に食わんようでの。色々とちょっかいをかけてきおる」

「つまり……?」

「つまり、ぬしらのような此人しじんの勇者が魔王を討ってくれた方がトロイアとしても助かるのじゃ」



 ステラシアの言葉を聞いて、よかった、と安堵の雰囲気が俺たちの間に流れる。急に王宮に連れてこられたときはどうなるかと思ったが、すんなり話がまとまりそうでよかった。


 そう思っていると、ステラシアは笑顔を崩さぬまま、ゆっくりと口を開く。




「それを踏まえたうえで伝えよう。ぬしら、魔剣をこちらに渡せ」




 その言葉はひどく冷たく、一転して重い空気が空間を支配する。



「魔剣アスモスフィアは憎悪と悪逆の魔剣じゃ。過去の使用者は力におぼれ、多くの虐殺を行った。その魔剣はなるべくして封印されておるんじゃ。そんな魔剣を一個人が所有して折るなど、国家としても……この斬首姫としても見過ごせんのじゃ」

「ククク……」


「それに、魔剣は使用者の魂を歪ませるとも聞く。仮に使えるようになったとして、それを貴様が魔剣に侵食されずに扱えるのか?」



 魔剣を渡すかは別として、魔剣に飲み込まれてしまうのは懸念点の一つではある。魔剣に限らずスキル持ちの武具には相性があり、所有者の性質を歪に変えてしまうということは以前俺が起きていた時代でもあったことだ。


 魔剣アスモスフィアとアリサの相性がいいとは断言できない。最悪、飲み込まれて俺の力を無秩序に振り回す化け物が生まれる可能性だってある。



「はい、大丈夫です」



 だというのに、アリサは確かな自信を秘めてステラシアにそう告げる。


「なんだそれは、答えになっとらんぞ」

「いえ、これが答えです」

「……はあ?」



「私ならば、必ず扱えます」



 もはやなんの説明にもなっていないが、アリサが放つ言葉を聞いていると、なぜか本当に大丈夫な気がしてくる。それは無根拠な自信なのか、それともそう言い張れるだけの何かがアリサの中にあるのか。


 難しい顔をしていたステラシアは、アリサの態度を見てプッと笑い出す。



「ック、カカカ! 本当に面白いやつじゃのお」



 その笑い声で緊迫した空気はどこかへ消え去ってしまう。この空気感の操作はさすが王族といったところだな。


 アリサとクラムがその変化を見てぽかんと固まっていると、ステラシアは頭を抱えて立ち上がる。



「よい、そんな固くなるな。さっきのは冗談じゃ。その魔剣を解呪する手配をしようぞ」

「そ、そうですか」

「ククク……よかったな……」


「ただし、条件がある」



 緩んだ空気の隙間に刺し込むように、ステラシアは当初から用意していたであろう条件を提示する。


 斬首姫は、したり顔でこう告げる。



「強力な呪いを解呪するには相応の神秘が必要になる。ここから東にある森の奥深くにある泉には、その森を支配する竜が住んでおる。そいつを倒し、竜の心臓を持ってくるのじゃ」



――――――――――――



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