第22話 都市国家トロイア

「見えてきたぞ、あそこがトロイアだ」



 洞窟で一晩を明かした俺たちは、半日かけて山を越えようやく目的地を視界に入れる。クラムが指をさす先には、ここからでも分かるほどに整備された建物たちが並んでいた。


 都市は大きな壁でぐるりと囲まれており、街先にある関門には多くの品物を運ぶ商人や、身なりの良い旅人が多く並んでいる。それを見たアリサは、期待と驚愕が入り混じった顔をしていた。



「わあ……! あれが都市国家トロイアですか! ここから見ると、なんというか……」

「俺たちの世界と一緒、だろ?」

「そう、ですね」



 アリサにとって魔世界とは魔人たちが住む世界以上のことはあまり知らなかったようで、こうして彼らが住む街を見るのは初めてらしい。俺もアリサからは魔人や魔世界についてあまり聞いていないからトロイアに行くのは結構楽しみにしている。



「あそこに並んでいる人たちの中に灰色の人は見えませんが、魔人は街の中にいるのですか?」



 そう疑問符を浮かべるアリサ。俺も聞いていて確かにと疑問に思う。聖域にいた頃も周りのシスターたちが魔人は灰色だと言っていたし、現に六魔将軍のバルバイドは灰色だった。だが、関門の前に並んでいる人影に灰色の人物はいない。

 魔人の街と聞いていたのに、これはどういうことなのだ。



「あぁ……あいつらも魔人だよ」


 その疑問に、淡々と答えるクラム。当たり前のことを語るように彼は話しているが、その目は何故か遠いところを見ている。


「? どういうことですか? 魔人というのは灰色なのでは?」

「その灰色って言うのは、魔王に力を与えられた奴に起こる副作用らしい。だから、非戦闘員の魔人と俺ら人とではほとんど違いはない」

「……そうだったのですね」


「まあ、俺たちの世界に攻め入る魔人が全員灰色だったからその勘違いは仕方ないことではあるがな」

「勉強になります。ありがとうございます、クラムさん」

「ククク……我も勉強になったぞ……」



 アリサの腕に抱えられた魔剣も聞いていたらしく、嬉しそうにそう報告する。


 ……いや、お前は知らねえのかよ。知っておくべきだろ。


 そんな会話も終わりアリサが関門へ並ぶ列に向かおうとすると、クラムが待ったをかける。


「待てアリサ、まだ問題がある。俺たちはどうやってあの関門を突破するかだ」

「え? 普通に行けばよいのでは?」

「あのなぁ……お前の聖剣はギリ行けるとしても、その手に抱えている鎖グルグル巻きの喋る魔剣なんて異様極まりない物、憲兵に取られて終わりだぞ」

「ククク……当然の判断ではあるが、そこまで言われると我は少し悲しいぞ……」



 落ち込んだ声を出す魔剣。だが、確かに厳つい鎖に巻かれ禍々しい雰囲気を出しているそれは、誰が見ても尋常じゃない物だとわかるだろうな。


 クラムがうんうん悩んでいると、アリサはパンと手を叩く。



「じゃあこうしましょうか。収納魔術インクリース

「ククッ……! 吸われる……!」



 シュルン! と子気味よい音と共に、魔剣がアリサの手の中に吸い込まれていく。


 収納魔術……そんなものもあるのか。



「……それ使えるならなんで今まで手で持ってたんだ?」

「なんでって、持っていたかったからです」

「? ……?」



 クラムが理解不能と言った顔をしている。気持ちは分かるぞ。


 そんなこんなで関門を突破し、トロイアに入った俺たち。教会は関所を出てすぐの大通りから一番目立つ場所に建っており、簡単に見つけられる。もう少し観光でもするのかと思ったが、アリサの目的はやはり魔剣にあるので、街並みを無視して真っすぐ向かって行く。


 教会は荘厳な雰囲気を纏っており、人通りで騒ぐ人たちも教会の前を通るときは静かになる。扉は質の良い木材で作られており、その意匠は細部にまで拘っている。それを見るに、この教会で働くシスターたちは、地方の寂れた教会のように明日のパンを心配することはなさそうだ。


 アリサが扉を開けゆっくりと中に入ると、中にいた一人のシスターがこちらに気づきぱたぱたと近づいて来る。



「本日の祈りの時間は終わりましたが……今日はどういったご用件でしょうか」

「呪いを浄化していただきたく参りました」


「そうでしたか、解呪ですね。それで、呪いを受けた物はどちらに」

「これです」

「あ、おいアリサ待て!」



 クラムが制止するも、アリサは躊躇なく魔剣を取り出す。教会の清い雰囲気にあまりにもそぐわない魔剣のオーラは、当然シスターの目を細めさせてしまう。


 ……ノータイムで出す奴があるか。



「えっと……この剣は?」

「魔剣です」

「ククク……」



「……え? 今、なんと仰いました?」


「魔剣ですと言いましたが」

「ククク……我が名は魔剣アスモスフィア……力が欲しくば、我に力を捧げよ……」



 魔剣の声が教会に響き渡る。シスターの顔は引きつったままだ。



「それで、解呪の方を……」

「し、神官長ー!」



 流石に処理しきれなかったのか、対応してくれたシスターは清楚さを放り出して教会の奥へと走っていく。クラムは呆れてものが言えなくなっている。


 するとすぐにシスターが消えた方向から一人の老齢なお爺さんがやってくる。神聖な服を身にまとう姿から、シスターが叫んだ神官長であると理解できる。



 神官長はアリサの前で丁寧にお辞儀をすると、震える手でごまをする。



「……魔剣をお持ちの旅のお方、王妃があなた方をお呼びしております」




――――――――――――



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