第19話 こんなものなくても
俺は顔を上げて周りを確認する。アリサの一瞬の一振りによってグレッグの手下どもは残らず倒れていた。
洞窟に入る前、アリサは「クラムさんはただ堂々とした顔でいてくれれば大丈夫です」と言っていたから顔に力を入れて表情を変えないようにしていたが、興奮かはたまた緊張か、さっきからドクンドクンと体の内側から心臓の音がうるさく鳴って止まらない。
聖剣を持つ勇者というのは、これほどまでに強いのか。
アリサが立ち上がり、グレッグの方へ向く。グレッグも驚愕の念を隠しきれておらず、目の前に立つ可憐なシスターから目を離せないでいた。
「てめえ、何者だ」
「お初にお目にかかります勇者狩り頭領のグレッグ・スタンフォードさん。私はマラランカ王国十三勇者が一人、シスター・アリサです」
アリサは綺麗に頭を下げる。
……は?どういうことだ、アリサがマラランカの勇者?
「ふ、がはははははは! おい、馬鹿にしてるのかてめえ!」
グレッグも俺と同じ気持ちなのか、アリサに向かって怒りの声を出す。
「マラランカの勇者は12人だろうが。マラランカ王国十二勇者の話は辺境のガキでも知ってる話だぞ」
そうだ、マラランカ王国の勇者とは12人と決まっている。アルメア帝国や西カルトリアのような勇者をポンポン排出する国とは違い、マラランカにおいて勇者の肩書は重要な意味を伴う。それ故、12人の内の誰かが死なない限り新たな勇者を任命しないというのがマラランカでの通例のはず。
アリサからは聖剣を抜いた者であるということしか聞いていない。適当な国の勇者なのだろうとは思っていたが……
「色々あって最近増えたんです。教会でも結構揉めたんですけどね」
「ああそうかよ、向こうの世界の事情なんざ知ったことではないがな」
グレッグは石の椅子からゆっくりと立ち上がり、拳を構える。こいつが戦闘態勢を取るのを久しぶりに見たが、拳の先から立ち込める殺気と圧は全く衰えていない。
「てめえの戯言が冗談じゃねえってことはさっきの一撃で理解した。だが、その程度やってのけるやつなんざ、魔世界にはごまんといる。そして、俺はそんなやつらを散々狩ってきた」
グレッグは低い言葉で詠唱を始める。周囲の温度が徐々に上がり、焦げた匂いが鼻をつく。そして、彼の周りに炎の渦が回り始める
「
渦の炎で攻撃と防御を一手に行うことができる、グレッグの得意な魔術の一つだ。
グレッグの周りで渦を巻く炎がどんどん大きくなっていく。吹き出る汗が抑えられない。洞窟の中の温度が上がって、人が生きていられる限界に近づいていく。
「気をつけろアリサ、グレッグは炎の扱いが異常に上手い! 下手に近づくと焼け焦げるぞ!」
いくら俺の攻撃を延々と避けたアリサでも、熱は避けられない。そう思ってアリサに呼びかけたのだが、アリサは気にせず温度の上がり続ける洞窟の中で平然と立っていた。
「大丈夫です、暑いのには慣れてます。それと、私はちゃんと殺しに来る人はちゃんと切ると決めてるので」
アリサは一歩踏み出し、熱の隙間を抜けグレッグへ迫る。迎え撃つようにグレッグは炎の渦から炎弾を発射させるが、アリサは簡単に避け剣の間合いまで近づく。
だが、俺はその時何か違和感を感じた。炎弾を避けたアリサではなく、発射させたグレッグの方に。
グレッグはアリサが避けることのできる攻撃をした。余裕そうな笑みを浮かべるグレッグを見て、何故かそう感じた。
だが、その違和感の答えが出る前に、アリサは剣を振るう。
「……!」
「アリサ!!!」
アリサの剣は確かにグレッグの左腕を捉えていた。しかし、切られ吹き飛んだのはグレッグの腕ではなく、アリサの腕だった。
アリサの左腕は空を舞い、ぽとりと無感情に地面に落ちる。アリサの肩口からとめどなくあふれている血液を見て、それが本当に起こっていることなのだと認識する。
「ぐ、うぅ……」
「運が良かったなぁシスター・アリサ。真っ先に首を狙ってたらどうなっていたことか」
苦しい表情で肩口を抑え、小刻みに震えているアリサ。相当なダメージだ。
対して、グレッグは余裕の笑みを崩さない。アリサがこうなるとわかっていたのだ。
違和感の正体はこれだったのか……!グレッグの野郎、アリサの攻撃を跳ね返しやがった……! だが、グレッグはスキルを持っていないはず……。
「グレッグ、お前スキルを隠し持っていたのか……!」
俺が睨みながらそう言うと、グレッグは大口を開けて笑う。
「がははははははは! 違うな、これは俺が魔剣から得た
「くっ……、魔剣だと……!?」
「残念だったなぁクラム、俺についていればいずれお前にも魔剣の恩恵を与えてやろうと思っていたのになぁ」
クソ、グレッグが攻撃反射のスキルを持っていたとは……!
アリサも片腕を失ってしまったし、これじゃあグレッグは倒せない。このまま二人とも奴の炎で燃え尽きてしまう……!
絶体絶命の状況、アリサだけでも逃がそうと俺は彼女の方を見る。
「……魔剣? 魔剣、魔剣!?」
アリサは魔剣という単語何度もつぶやき、煌めくような眼をグレッグに向けていた。体の震えはいつの間にか止まっており、何故か腕を失う前よりも活力にあふれているように見える。
「おい大丈夫かアリサ! 腕が!」
「まけ……大丈夫です、後でくっつけます。汚くならないようあれを拾っておいてくれませんか?」
「あれって……一応自分の腕だろ」
「それと、少し離れていてください」
そう言うとアリサは剣を鞘に納め、すうっと息を吸い込む。深く腰を下げ、右手をそっと柄に添える。
いわゆる、居合の構えだ。
その構えを見てグレッグはぶはっと吹き出す。
「がはははははは! 片腕でまだ剣を振るうのか? 無駄だ、もう体感しただろ。『
「腕が片方なくても、あなたぐらいなら切れますよ」
アリサは見据えている。グレッグを、静かに、正確に。肌を焼く殺気が後ろにいる俺まで伝わってくる。
その殺気にあてられて、グレッグの表情が少し揺らぐ。だが、自分の力を信じ、取り繕うように笑みを浮かべる。
「は、はあ? 聞いてなかったのか、俺のスキルはあらゆる攻撃を……」
「グレッグさん、あなたに一つ教えてあげます」
言葉を遮るように、アリサは声を発する。彼女の清廉な声は洞窟内に響き渡り、まるで神への祈りのようだ。
「聖剣に切れないものはない」
柄を握り、引き抜く。音をも超えた剣先は、時間すらも置き去りにしてグレッグを切り裂く。一片の淀みもないその動きに、俺は熱さを忘れて見惚れていた。
しんと静まり返った洞窟の中、アリサは聖剣を優しく鞘に戻す。
「―――第4の斬撃、『
――――――――――――
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