第18話 俺じゃない
山の中腹にある洞窟、そこにある勇者狩りの本拠地の奥で、獣の皮を豪胆に着た大男が酒をかっ食らっていた。
男は岩を切り出して作った”玉座”に座りながら、目の前で同じように荒くれ者の格好をした男たちのバカ騒ぎを眺めている。彼らが話している内容は、襲ったやつの顔がどうだっただの、女の口説き方だの、ひどく低俗で中身のない物だった。
そんな中、少し背が低く醜い顔の男が一人洞窟の中に入ってきて、騒いでいる男たちの前を通る。
「グレッグの
そして、グレッグと呼ばれた大男の前に数本の剣と返り血のついた銀貨袋を放り投げる。ガジャンと鈍い音を立てて地面に落ちたそれを見て、グレッグは顔を歪ませた。
「はあ?てめえ舐めてんのか。こんなちんけな物で足りると思ってんのか?あ?」
「勘弁して下せえ
部下の男はぼりぼりと頭を掻きながらそう答える。グレッグはこいつらの仕事に期待をしてはいけないことを思い出し、手に持っている酒をグッと飲み干す。
「ふぅ……まあいい、後で蔵の中に放り込んどけ。……クラムの野郎はまだ帰ってきてないのか」
「そーいや朝に出たっきりっすね。街にでも降りて女抱いてんじゃないすか?」
「ふん、あいつがそんなタマかよ」
グレッグは次の酒を近くの部下に持ってこさせながら、未だ戻っていない元勇者のことを思い出す。
はあ、クラムはまだ螺子を外せないのか。
勇者狩りは力のあり余ったクズどもの集まりだ。自らより弱いやつらを標的にし、あらゆるものを奪う。向こうの世界だったら国が動いてすぐにでも殲滅されるだろうが、
そして、勇者狩りは全員が国に勇者として認められた元勇者だ。そもそも魔世界に来る人間なんて勇者しかいないが。
俺もそんな勇者の一人だった。だが、ある時気づいちまった。
圧倒的な強さを誇る魔王の配下どもと戦うより、もっと弱い存在をいたぶった方が楽しいに決まっている。
クラムもそうだ。高潔な勇者様でいられなかったから、こんな掃きだめのようなところにいる。
だが、あいつはまだどこか心にブレーキをかけていやがる。勇者を狩るときも金目の物だけ奪って殺そうとしないし、目の前のこいつらみたいにバカ騒ぎもしねえ。いい子ちゃんが悪ぶっているようにしか見えない。
前に2.3人殺させたが、あの時に壊れると思ったんだがな。
「中途半端のなりそこない勇者様がてめえみたいなクズ野郎の考え付くことなんてするわけねえだろ」
「ギャハハハハ!あの野郎言われてやがる!お頭の言う通りだ!」
「お前は普段から女の話しすぎなんだよ! 糞踏んづけた顔面なのによ!」
会話を聞いていた連中が大声をあげて混ざってくる。品のない輩たちだがクズは多い方がいい。酒と金を与えておけば好きなように動かせる駒になるからな。
だが、クラムは戦闘能力は高いが扱いづらい。とっとと堕ちてくれれば楽なんだが。
「グレッグ、今戻った」
そんなことを考えていると、当の本人であるクラムが戻ってくる。
「よ、主人公様のお帰りだ!」
「ひゅー!待ってました!」
酔った連中がくだらない茶々を入れる。いつもならここでクラムは苦笑いを浮かべるが、今日は動じていない。
はん、何かあったらしいな。
「遅かったじゃねえかクラム。ん?お前が連れてたやつらはどうした」
「あぁ……あいつらは街に出て今はいない」
「そうか。で、今日の戦果は?」
「もちろん、ちゃんとある」
とクラムは言うが、こいつの手には今何も持っていない。
「はあ? 何もねえじゃねえかよ」
「戦果はこいつだ。おい、入れ」
クラムが声をかけると、洞窟の中に誰かが入ってくる。
俺は一瞬臨戦態勢に入ったが、そいつの姿を見て思わず吹き出してしまう。
「っふ、がははははは! なんでシスターなんぞ連れ帰ってきてるんだ!」
入ってきたのは一人のうら若いシスターだった。シスターたちはあまり肌を露出させない服を着ると聞くが、そのシスターは動きやすいようにところどころ服を切っていた。それがまた可笑しさを助長している。
だが、このクソの肥溜めのような場所にはあまりに不釣り合いすぎる。
俺の笑い声に洞窟中の手下どもがつられて笑う。
「ギャハハハハ!おいおい本当に女連れてやがる!」
「おいよく見ろ、めちゃくちゃ上玉じゃねえか!」
「ああ…今すぐむしゃぶりつきてえ!」
下世話な会話が酒の勢いで雑音へと変わっていく。
前に立つクラムはその喧騒を気にも留めてない。
俺はクラムの目を見る。その瞳は暗い絶望に落ちた瞳じゃない、何か光を得た瞳だった。
ああ、そういうことか。だいたい理解した。
「で、どういう風の吹き回しだ? てめえのような生真面目野郎が女なんか連れ帰ってよぉ。いいのか?ここにいたらその女壊れちまうぞ?」
「だろうな」
「それとも何か? ここを抜けたいって話か?」
「……」
クラムは沈黙する。
やはりなぁ、そんなとこだろうと思ったぜ。女に一目ぼれして今更真っ当に生きたいだなんて抜かすとは。
足さえ洗えばこの泥沼から抜け出せるなんて、そんな甘い夢なんて見れないことくらい理解してると思っていたんだがな。
「おいクラムよぉ、お前は自分がやって来たことをよく考えたことはあるか? それとも、俺が笑顔でお前が抜けるのを歓迎するとでも思ったか?」
そうクラムに問いかける。周りのやつらは酒を飲むのをやめて、クラムの方をにやにやと眺めている。
だが、クラムは顔色一つ変えずに俺を真っすぐに見つめている。
「いや、何か勘違いしてるぞグレッグ。別に俺が抜けるとかそういう話じゃない」
「じゃあなんだ? その女を俺に献上でもするのか?」
「うーん、近くはあるな」
「ああ?」
「今日はここをぶっ壊しに来たんだ」
その言葉を聞いて、周りのやつらは一斉に手元の武器をクラムに向ける。
馬鹿笑いの声が消え、静けさと緊張感が洞窟の中に流れる。
「クラムよぉ、今自分が何言ったかわかってんのか?」
俺はクラムの頭の悪さに心底幻滅していた。こいつはある程度現実が見えているやつだと思っていたが、こんな脳足りんの間抜け野郎だったとはな。
俺たちは十数人、そのどれもが元勇者。対してクラムには荷物となるシスターが一人いるだけだ。
無傷で出られるわけがない。ここを壊滅させたいならせめて奇襲とかしてくれよ。
「てめえの大剣の恐ろしさはよぉく知ってる。その速さもな。だがよぉ、この人数に囲まれてまともな戦いになると思ってんのか?あ?」
「ああグレッグ、また勘違いしてるぞ。壊すのは俺がやるんじゃないんだ」
「……はあ?」
クラムの言葉を脳が理解する前に、クラムの後ろにいたシスターがゆっくりと集団の中央に歩いていく。全員の視線がそのシスターに集まる。
その時になって俺たちはようやく気付く。シスターの腰についている煌めくような鞘に。
「私は皆さんに神の教えを説きに来ました」
静かな空間にそのシスターの声が響く。あまりに清く、清廉な声だ。
そして、彼女は丁寧な所作で両手を胸の前で握り、跪く。
吸い込まれるような美しさだったから、俺は遅れて目の渇きに気づく。
だから、一度だけ瞬きをした。
チン
それは、剣を鞘に納める音だ。
目を開けると、ぼやけた視界がゆっくりと鮮明になっていき、空間全体が映っていく。
そこには、跪いたシスターとそばに立つクラム、そして――――
「な、お前ら!?」
「安心してください、峰打ちにしましたので」
――――残らず倒れた部下どもの姿があった。
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