第17話 魔世界専属案内人

「おーい元勇者さーん」



 アリサは地面に寝ている男の顔をぺちぺちと叩く。うなだれていた男は、スイッチが入ったように目を覚ます。



「……」

「あ、やっと起きた」


 男は目を開けて一番最初に目に入ったアリサの姿を見て、露骨に不服そうな顔をする。


「大丈夫ですか? 私、治癒魔術苦手なので痛いとこあるかもしれませんけど」

「……」

「あ、お仲間でしたらちゃんと治しておきましたよ。でもまあ、2週間は熱で寝込んじゃうと思いますが」


「……何故だ」

「ん?」

「何故殺さない」

「さっきも言ったでしょう、私はあなたたちに更生してほしいのです」

「っは、今更変われるか。散々勇者を狩ってきた俺たちがどれだけの罪を重ねてると思う」



 男は吐き捨てるようにそう言った。隣に眠るように添えられている大剣はもう何年も手入れしてないのでろう、刃先が欠け柄の部分も芯が露出している。それら全てに、獣以外の血の匂いが染みついている。



「もう真っ当に生きるなんて無理なんだよ。何人殺してきたと思う? このまま罪を重ね続けるか、野垂れ死ぬかの二択しかありえないんだ」

「ありえないんですか?」

「ああそうだよ、お強いシスターさんにはわかんないだろうがな。さあ早く殺せよ」


 男の声はとても冷たく、何もかもを諦めているのだと簡単に理解できる。それでもなお、アリサは男に対して語り掛ける。


「残念ですが、死にたがりの人を殺すほどシスターは暇じゃありません」

「っは! なら治ったらすぐにでも勇者を狩ろうかな! 右も左もわからないやつが何をされているかわからないまま死ぬ様は最高にクるんだぜ! ……それもこれも俺を殺さないお前のせいだよ、シスターさん。俺を生かしておくとまた別のやつを襲うだけだ」

「いえ、そうはなりません」

「はあ? なんでだよ」



「だって、あなたは今から私専属の魔世界案内人になるんですから」

「……は?」



 一瞬、男の時が止まった。あまりに唐突で意味不明な提案に、男は冗談かと思って笑い声をあげる。



「わははははは! 何言ってんだシスターさん、そんなこと俺がやるわけないだろ」

「大丈夫です、お給料はちゃんとだします」

「そういうことを聞いてるわけじゃない。そもそも俺はやらないと言ってるんだ」

「福利厚生が不満ですか? 休養日には個人の時間も設ける予定ですが」

「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」



 アリサは冗談のようなことを大真面目に提案し続けるものだから、男は気を荒げて上体を起こす。その顔には、怒気と焦りが入り混じっているように見える。



「人殺しの俺が道案内だと? そんなこと許されるわけないだろうが!」

「それでも私はあなたに頼みたいのです」


「っは、意味が分からないな! そもそもさあシスターさん、聖職者がこんな人殺しを連れていいのかよ!」

「私は気にしませんので」

「そういう話じゃないだろ!」

「いえ、そういう話ですよ」



「だって、私もあなたと同じ罪人ですので」



 アリサはそう淡々と告げた。その言葉に激高していた男は思わず口を閉ざし、聞いてた俺も衝撃を受ける。


 アリサが、罪人だと……?



「名前を聞いてもよろしいですか?」

「……クラムだ」

「私はマルアク教修道士のアリサと申します」



 そう言うとアリサはクラムの前で跪き、両手を合わせて祈りのポーズをとる。



「何の真似だ」

「死にたがりのクラムさん。あなたは死がほしいのではない、救済が、赦しがほしいのです。自身の犯した罪から解放されたいのです」


 赦しという言葉を聞き、クラムは図星を突かれたようにはっとした表情をする。


「ですが、あなたの罪を人々が赦すことはないでしょう。聖人の犯した罪が赦されないように、罪人がこれから先全てを贖罪のために生きたとしても、赦されるはずがない」

「じゃあどうしろって言うんだよ」


「罪を赦されたいのならば、生きなさい。死んだとしても犯した罪が消えることはありません。たとえ幾億の年月が経ったとしても、この地に残り続ける」



 アリサは祈りを捧げる。こいつの祈りは、剣に対する異常な執着を打ち消すほどに高貴で純粋だ。祈っている間だけは、高潔な聖職者そのものだ。



「祈りなさい、クラム。十字を切らなくても、両の手を合わなくても良い。贖罪とは死ぬことではない。罪を知り、背負い、祈り、後悔し続けることだけが贖罪たりえるのです……そうすれば、主はきっと赦してくださる」



 アリサは祈りのポーズを解き、そっとクラムに手を差し伸べる。その姿は、まるで女神のようだ。



「さあ剣を持って立ってクラムさん。明日祈るために、今日を生きるのですよ」



 クラムは、震える手をゆっくりと差し出す。罪を背負い生きていく覚悟など、この短時間でできるわけがない。迷いや不安がないまぜになって、それでもクラムはアリサの手を掴んだ。


 クラムは立ち上がる、アリサの力を借りて。



「祈るなんて、したことないぞ」

「私が一から教えますよ」

「っは……勇者を辞めた俺が、こんなシスターの案内係になるなんてな」

「安心してください、あなたがまた道を踏み外したなら、その時はちゃんと私があなたを殺して差し上げますから」



 物騒なことを晴れ晴れというアリサに、クラムは苦笑いを浮かべる。


 こうして、アリサは勇者狩りのクラムを魔世界の案内人として雇うことになったのだった。



「さあ行きましょうかクラムさん。まず、勇者狩りの集団の本拠地へ案内してください。それがあなたの贖罪の第一歩です」




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