第14話 花の聖騎士団
「
「えっと、
デルア山脈の中腹、ダンジョン入り口付近にある詰所に二人の聖騎士が立ち寄った。
一人は真っ赤な髪を長く伸ばした大柄な男、パルファ。全身に煌めく鎧を身に着けており、その背には長身の槍を背負っている。だが、彼の雰囲気はその見た目に反し非常に柔和的で、彼がいる空間は不思議と落ち着いた空気に変わる。
もう一人はパルファと対照的に小柄な少年のアクスタだ。身を包む鎧は重要なところ以外ほとんど取っ払っており、軽さを優先していることが見て取れる。
その二人の来訪を、詰所の中にいた一人の男が迎え入れる。
「お待ちしておりましたパルファ様。私はデルア山脈のダンジョン管理をしております、モリグと申します。大司教様の書簡には、到着に3日ほどかかるとありましたが、まさか1日で来られるとは」
「そりゃもう、パルファ団長の
「アクスタ、口を慎みなさい。モリグ殿、急ぎのため部下を一人しか連れてこられず、申し訳ない。ですが、必ず命令は遂行いたしますので、どうかご安心を」
パルファは手を胸に添え、美しい角度の会釈をする。それを見たモリグは、パルファの誠実さと気品さに感銘を受ける。
「ありがとうございます。大司教様から既にダンジョン上層部への進入許可は出ております。早速中を探されますか」
「そうさせていただきます。モリグ殿は引き続き入り口の監視をお願いします」
「わかりました。中には凶暴な魔獣がおりますので、どうかお気をつけて」
モリグに見送られながらダンジョンへ入る二人。パルファが先導して前を歩き、アクスタはその後ろをついていく。
ダンジョンの中は薄暗く、壁に設置されている証明が頼りなく空間を照らしている。アクスタはちらちらと動くパルファの影を踏みながら口を開く。
「パルファ団長ー、こんな急いで来る必要あったんすか~? せっかく
「アクスタ……我々は遊びに来たわけではありません。もう少し気を引き締めなさい」
「って言われても、大司教様の書簡にはダンジョン攻略に時間かかるから余裕だよってありましたっすよー?」
「こんな入り組んだダンジョンの中で人を一人捕まえるのがどれだけ大変か……我々は勇者アリサより早くにここにデルア山脈に辿り着き、入り口で待ち伏せる必要があるのです」
「あ、なるほどー……じゃあなんで今中に入ってるんすか。入り口で待ち伏せるんなら意味ないじゃないっすか」
「勇者アリサが隠匿系魔術を使える場合、我々に気づかれずに中に入る可能性があります。そうなった時に我々自身が迷わないように今こうして確認しているんです」
「ようするに下見ってことっすねー。パルファ団長って凝り性っすよね」
「つべこべ言わない。ほら、上から槍降ってきますよ」
「うわあ!」
パルファは下を見つめていたアクスタをガッと掴み、降り注ぐ槍の雨を回避させる。アクスタはあまりの出来事に冷や汗をぶわっと流す。
「も、もう! 死ぬかと思ったっす! 団長の
「それじゃあ下見の意味が無いでしょう……ダンジョンで気を抜く方が悪い。それに、
「なあんだ……じゃあもうとっとと下見終わらせるっす!」
気を抜くなと言ったそばからずんずんと無遠慮に進む部下を見て、パルファは頭を抱える。その時、パルファは前を歩くアクスタの周りに輝くような光の筋を見つける。
それに気づいた瞬間、はたと足を止める。
「パルファ団長? 何かあったんすか?」
「……何故魔力残滓がここに?」
「団長?」
「……アクスタ、予定変更です。ショートカットします」
パルファが周囲の壁をいじると、その壁に横穴が開く。その中にパルファは迷わず進んでいく。
「ちょ、どこ行くんすか団長」
アクスタが慌てて追いかけると、その横穴は道具が雑多に置かれた部屋に続いていた。床には複雑な魔法陣が描かれていて、パルファはその真ん中に立った。
「アクスタ、魔法陣の中に入ってください。飛びますよ、3、2……」
「ちょちょちょ、早いっすよ!」
「1。
アクスタが魔法陣の中に入ったことを確認すると、パルファは魔法陣に魔力を流し込む。すると、一瞬にして空間が歪み、パルファたちを別の場所に飛ばした。
「……これなんすか」
「今のはダンジョン製作者が作った上層部までのショートカットです。大司教様の許可を持った者じゃないと使えません。さ、最奥の部屋に行きますよ」
「ちょっとなんなんすか急に!」
パルファが下見をやめて鞘のある部屋までショートカットしたのには理由があった。彼が見たのは、誰かが魔術を使用した後に残る魔力残滓と呼ばれるものだ。
通常の魔力残滓は、術者から円を描くように発生する。だが、移動系魔術を使用した場合には、術者が通った道をたどるように残滓が残る。
パルファが見た魔力残滓は、床から天井へ一直線に残っていた。それはまるで、上にある何かに真っすぐ向かって行くような、そんな跡だった。
おおよそ移動系魔術を使った魔力残滓には見えない。ダンジョン内で使用すれば残滓は道なりに残るからだ。だが、パルファは最悪の可能性を予想し、一度最奥の部屋を確認する選択を取った。
そして、彼の予想は的中する。
「……開いてる」
「全開っすね」
最奥の部屋は当然のように扉が開かれており、その中にあるはずの鞘はどこにもない。
「アクスタ、転写魔術の準備を。今から私が言う内容をルベロイ様にお伝え願えますか」
「はいっす!」
パルファは素早く切り替えてアクスタに命令を出す。アクスタはチョークを取り出し、床に魔法陣を描き始める。
それを見て、短く息を吸うパルファ。
「……勇者アリサは既に鞘を盗ってダンジョンを脱出済み。パルファは命令遂行のため勇者アリサの行方を追います」
アクスタは紙を取り出しパルファの言葉を記していく。
「えーめいれいすいこうのため……え、パルファ団長、
「あっちはミヤビがいるから大丈夫ですよ」
「……ミヤビ副団長、絶対キレるっすよ」
キレ顔の副団長を思い描き、パルファは笑みを浮かべる。
それもありだな。だが、彼女に会うのは先になるだろう。
アリサは既に鞘を回収していた。我々よりも早く、だ。
それは通常の移動系魔術であれば考えられない。なぜなら、移動系魔術には距離制限と連続使用制限があるからだ。エルスレアからデルア山脈までの移動でも、私ですら最低3日はかかる。
だが一つ、この制限を無視して移動する魔術が存在する。
それは、一度来たことのある場所にマーキングし、任意のタイミングでその場所に瞬間移動する
あまりの高度さ故に使用者がいない、スキルと同等の魔術、
この状況的に、勇者アリサが
そして、この方法で来たのであれば浮かび上がるもう一つの問題がある。
ダンジョンの下層と中層は魔物が侵食している関係上、討伐目的の一般冒険者にも開放している。
だが、聖剣の鞘が納められている上層は別だ。聖剣教会関係者でも上の方の役職の人間しか入れない。団長である私も今日初めて来られた。
勇者アリサは一度この場所に訪れたことがある……? ありえるのか、異教徒の修道士ごときが?
マルアク教の修道士でありながら、マラランカ王国の十三人目の勇者に選ばれる異例の少女。
将軍を名乗る魔人を一撃で葬ったというのに、彼女が聖域にたどり着くまでの旅路において目立った成果は報告されていない。
不明点が多すぎる。彼女は一体、何者なんだ……?
「フフ、フフフフフフ……勇者アリサの捜索、意外に面白くなってきそうな予感がしますね」
「やっぱパルファ団長ってマゾっ気あるっすよね……」
魔法陣を描き終えたアクスタは、パルファに率直な意見を述べた。パルファは、そんな不遜な部下の言葉も笑顔で受け止める。
「当然です。茨の道ほど、燃えるものはありませんからね」
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