第13話 魔世界に至る穴

 鞘を手に入れたアリサは再度転移魔術で元の森に戻って来ていた。



「で、鞘は手に入れたがこれからどうするんだ?」

「この先に穴と集落があるから、とりあえずはそこに向かおうかな」


「穴?」

「そっか、ずっと眠ってた聖剣さんは知らないんだったね。魔人たちが住む世界のことを魔世界って言うんだけど、穴はその魔世界に繋がる道のことなんだ」



 へえ、今はそんなものが発生しているのか。



「穴を通らないと魔世界に行けないのか……。転移魔術でパッと行けたりしないのか?」

「転移魔術は便利だけど、そこまで融通の利くものじゃないんだよね。私のは特に」

「ふ~ん、そういうものなのか」



 俺は魔術を使えないから、そこら辺の感覚はよくわからないな。


 しばらく歩くと鬱蒼とした森を抜け、開けた場所に出る。



「お、見えてきた。あそこが穴のある集落だよ」



 アリサが指をさす方角には丈夫そうなテントがいくつか集まって立っている。集落というより簡易的な野営地に見える。



「穴は確か集落から少し離れたところにあるんだけど、見当たらないな……ちょっとあの人、……ッチ、槍か。まあいい、あの人に聞いてみよう」



 そう言ってアリサは近くに立っていた冴えない男の見張りに声をかける。


 こいつ今その見張りが剣を持ってなかったから舌打ちしなかったか??



「すみません、少しよろしいですか?」


「ええとあなたは……聖剣教会のシスターでしょうか」

「いえ、私はマルアク教の者です」

「これは失礼しました。マルアク教徒の方が、そのような剣をお持ちになっているとは、その……」



 見張りはアリサが携えている俺を見て怪訝な顔を浮かべる。まあ確かに俺の鞘はこんなシスターが持つには派手過ぎるかもしれんな。



「ああこれですか。多少教義には反しますが、私は勇者でもありますので、護身用にと持っております」

「勇者、ですか」


「申し遅れました、私はマラランカ王国十三勇者が一人、シスター・アリサと申します。この度は魔世界に向かうべくこちらの穴に用があり来た次第です」



 アリサはぺこりとお辞儀をする。



「それで、この周辺に穴があると聞いたのですが、穴はどちらに?」


「あ、その……こちらです」



 見張りは見えるところにある崖壁に連れてくる。確かにその崖壁には人が通れるような穴が開いてある。だが、その入り口には大量の岩が所せましと詰め込まれて塞がっていた。



「これは……」

「先日こちらから魔人が現れ、とてつもない衝撃と共に聖域の方に向かって行ったと聞きます。人的被害は出なかったんですけれど、穴の方がこのように岩で塞がってしまいまして」



 聖域に襲撃した魔人……バルバイドか。



「穴の修復はどの程度かかるんですか?」

「それがですね、この岩がどうやら通って行った魔人の魔力に影響を受けているみたいで……」



 見張りは持っていた槍で思いっきり岩を穿つ。だが、その岩は傷一つつかなかった。



「このように相当硬くなっていて、岩を破壊し取り出すのはほぼ不可能なんです。上の方でもこのまま放棄すべきではと議論されていまして」

「なるほど」



 確かにバルバイドの影響を受けているのなら相当硬いのも頷ける。



「どうするんだアリサ。他の穴に行くか?」

「う~ん、ここから一番近いところでも、私の転移魔術エクスポートを駆使しても2.3日はかかるんだよね」

「いいじゃねえかそれくらい。歩くのは嫌いなのか?」

「旅は好きだし歩くのも嫌いじゃない、けど……ダメだよ、それじゃ」



 アリサは珍しく神妙な顔つきになる。



「今後魔人や魔王軍に最も狙われるのは、聖剣さんと聖剣を持つ私だ。その私がいつまでものほほんとこっち側にいるのは、迷惑千万そのものだ」



 ……まあ、これはアリサの言う通りだ。俺たちがずっとこちら側にいては救うべき人々に不利益を与えかねない。


 ただ、こいつに正論を言われると少しもやっとくるものがあるぜ。



「とは言うがなアリサ、こんな岩程度なら当然斬れるが、たとえ岩を斬っても外に出すとなると相応の大きさにしないと動かせないぞ。それに、そこまで細かく斬るとなると結局時間がかかる」



 俺の指摘に対し、アリサは子供のような笑顔を見せる。



「大丈夫だよ、聖剣さんが言ってたことで試したいことがあるんだ」

「俺が言ってたこと? ……ってなんだよ」


「1回で100回切る、みたいなやつ。すみません見張りの人、少々横に避けてくれませんか」

「? はい」

「いや、あれはスキルの変化の一つとして例に挙げただけで、お前ができるわけでは……待て、まさかお前……!」



 アリサは見張りの人を遠ざけると、俺の柄に手をかける。そして、小さく息を吸い、力を籠め鞘から引き抜く。



「『白閃はくせん』を細かくする感じで、こう――――」



 聖剣は、白い閃光と共に振り抜かれる。




「――――『白冰ホワイト・シャード』」




 一瞬の斬撃が、数多の衝撃を伴って岩の中を駆け巡る。亜音速にも到達するその剣先は、岩を、空を、まるで薄氷を踏むかのように壊していく。無数に枝分かれした白い閃光は、ふわりと舞う氷の粒のように岩全体を覆った。



 アリサは振りぬいた俺を、丁寧に鞘の中に納める。すると、穴を塞いでいた岩たちは、一陣の風と共にさらさらと崩れていく。



「そ、そんな……あれほど頑丈な岩がこんな粉々に……」



 見張りは崩れていく岩を啞然としながら見ている。

 俺もそうだ。今のアリサの一撃に衝撃を受けていた。



 ありえないだろアリサの野郎、こんな短期間に『白閃』を進化させやがった……!



「上の方に伝えてください。勇者アリサは魔王を討伐しに魔世界に向かうと」



 そう言い残したアリサは、ぽかんとする見張りを置いて穴へと突き進む。



「それに、魔世界には魔剣っていう稀有な剣があるって聞くしね!ああ、早く会いたいなぁ……!」

「……結局それかよ!」


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