第11話 大司教ルベロイの憂鬱
ルベロイが聖域で祈りを捧げていると、入り口から誰かが入ってくる音がした。それを聞いたルベロイは、姿勢を正してその人を迎える。
「お待ちしておりました勇者アリサ様。儀式の準備はできております。まずはお召し物を着替えていただき、その後……」
「あ、えっと……申し訳ありません大司教様、シスターのエレンです……」
そこに現れたのはルベロイが待っていた勇者アリサ、ではなく聖剣教会のシスターの一人、エレンだった。
ルベロイの眉がピクリと吊り上がる。ルベロイがアリサに来るようにと指定していた時間はとっくに過ぎており、日は傾いて夕刻に差し迫っている。
「ごほん……エレンでしたか。街の方はどうですか? 作業の方は順調に進んでいるのでしょうか」
「あ、はい……! 先んじて教会員たちが行った負傷者の治療はほとんど終わりまして、先刻より瓦礫の撤去作業を本格的に開始しております。滞在していた勇者の方々のお力添えもあり、予定より早く復旧が終わりそうです」
「それはよかったです。それで、その……アリサ様の方は……」
「そ、その件でですねアリサ様より手紙を預かっております。アルメアの勇者様一行がアリサ様に渡されたみたいで、大司教様に渡してほしいと言われたとのことです」
「……拝見しましょう」
預かった手紙、本人が渡しに来ていない、この二点で既に嫌な予感が漂いまくっているが、中身を確認しないことには始まらない。
ルベロイは渡された手紙をそっと開く。そこに書いてある文字が謝罪と来訪の日時の詳細についてであることを願いながら。
『聖剣教会大司教ルベロイ殿へ
申し訳ないですが、儀式には出れません。
災厄が終わったらちゃんと聖剣を返しにきますので、それで許してください。
マルアク教 シスター・アリサより』
ピクピクピクッ
「……ふううううううううう~~~~~~」
「あの、大司教様?」
ビリッ!
「あ……!」
「あのクソ女ぁぁ……!」
「大司教様!?」
ビリ、ビリビリビリッ!
「私をここまで待たせたあげくこんな紙ペラ一枚だけよこすですって? この私を、聖剣教会を舐めやがって……! これだから勇者は嫌いなんです!礼節もわきまえず信心深くもない野蛮人どもが!聖剣を抜いたなら聖剣教会に黙って従えクソが!!」
粉々になった手紙がぱらぱらと宙を舞う。落ちた紙くずを、ルベロイは何度も何度も踏みつける。
「クソ、クソ、クソォ!」
「だ、大司教様!落ち着いてください! 他の方に聞かれます!」
「ふうううう……すみません、取り乱しました」
感情を一気に発露したからか、ルベロイは素早く冷静さを取り戻す。
「ですが、これは由々しき事態です。1000年ぶりに聖剣を抜いた勇者様が現れたというのに、聖剣教会がその勇者を御しきれていないと知られるのは聖剣教会の威光に関わる問題です」
取り戻した冷静さを存分に活用し、ルベロイは現状の事態を正確に把握する。そばにいるエレンはルベロイの豹変ぶりに情報を処理しきれていなかったが。
「そして、聖剣は聖剣教会のご神体そのもの。教会全体の信仰の象徴。それがどこにあるか分からないとなると、外部だけではなく内部の信者たちにも影響が出てしまう。我々はどんな手を使ってでも勇者と聖剣を教会の管理下に置く必要があります」
「は、はい、そのとおりです大司教様」
ルベロイは少し考えこんだ後、何かを脳内で決断する。
「エレン、至急、
「大司教様、連絡は可能ですがアリサ様の詳細な居場所がわからないのでは難しいのではないでしょうか」
「大丈夫です、彼らの行き先は分かります。勇者アリサはまず西のデルア山脈に向かうでしょう」
「何故わかるのです?」
「そこには、聖剣の鞘が置いてあるのです」
「鞘、ですか……」
「そうです。聖剣は鞘があって初めて真の力を発揮できます。それを持たずに魔王に立ち向かうわけがない」
「ですが、今から
「デルア山脈の内部には複雑なダンジョンがあり、その最奥に鞘が置いてあります。道順を知らぬ者なら攻略に一か月、早くても半月はかかります。それに、ダンジョンの下層部には凶暴な魔物も住み着いています。六魔将軍を屠ったアリサといえど相当の時間を要求されるはずです」
「なるほど」
「対して
そう言ってルベロイは紙とペンを取り出し、手早く文章を書きあげる。
「こちらの書簡を聖騎士団の団長に送ってください。そうですね、この近くで活動している聖騎士団は……」
「今の時期でしたら、花か星であれば私の転写魔術ですぐにでも届けることができます」
「花と星ですか……星は大遠征前の準備中ですし、花にしましょう。お願いしますね、エレン」
「承知いたしました」
手紙を受け取ったエレンは、聖域の床に魔法陣を描き始める。
「エレン、待ってください。少しですがまだ書き残したことがあります」
「でしたらこのまま私が代筆いたしますが」
「ではエレン、最後にこう付け加えてください―――」
ルベロイはゆっくりと鼻で息を吸う。冷たい空気が聖域の中を満たす。
「―――『聖剣の勇者は、最悪の場合アリサでなくても構わない』、と」
――――――――――――
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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