第9話 他の人に渡してもいいよ?

「マジで頼む。俺は壊れるはずがないのに、お前といるとなぜか命の危機を感じるんだよ!」



 性格の悪いやつと異常性癖者との天秤は大差で性格の悪いやつが勝った。あーさっきまでは傲慢な奴に見えたキルグレアが砂漠にあるオアシスのように輝いて見えるぜ。



「もう、照れてるのかな?」

「照れてない!」


「何をしてる、早くしろ。お前はマラランカの人間なんだろ? これは外交問題だぞ! アルメア帝国に逆らえばどうなるかわかってるのか!」



 いいぞキルグレア!クズの鑑!その調子だ! てか無理やり奪ってもいいぞ!



「ん~……ごめんなさい! あなたには渡せません!」



 クソッ! なんでだよ! 渡せよ!



「……は?」

「あの魔人を切ったとき、聖剣は今までで一番輝いたんです。私、知らなかった。剣はその役目を果たす瞬間が一番輝くんだってこと」

「それが何なんだ」



「そして、こうも思いました。魔王を切った時、聖剣はどれだけ輝くのだろうって」



「はあ?意味不明なんだが。頭おかしいんじゃないかお前」



 アリサはキルグレアの言葉に顔色一つ変えない。



「私は、聖剣が一番輝くところを一番近くで見たい」



 なぜか、俺を優しく抱擁する。


 だからこれをやめろって話なんだが。



「何意味不明なことをブツブツ言ってるんだ。そもそもお前に拒否する権利はない」


 キルグレアは腰に差した剣を抜き、剣先をアリサに向ける。


「あの魔人が言っていたな。お前にはスキルがないんだって? ならお前はスキル持ちの俺に絶対に勝てない。俺のスキルは『即戦速撃ファスト・ショット』、超速の一撃を繰り出すスキルだ。この距離なら一瞬でお前を殺せるんだよ」

「……っ!」



 アリサは抜き出した剣を見て驚いた表情をする。それを見てか、キルグレアは満足げな顔を浮かべる。


 ……何も言うまい。



「はは!やっぱり死ぬのは怖いみたいだな! 生きて渡すか、死んで奪われるか。二つに一つ、どちらがいいかなんて馬鹿でもわかるぜ?」



 対してアリサの行動には迷いがなかった。


 アリサは自然な動きで一歩を踏み出し、キルグレアが反応できないスピードで彼の剣先の正面に立つ。



「う~ん、鍛えられた鋼の味……お、少しオリハルコンが混じってるね」



 そして、迷わず舐めた。本当になんの遠慮もなく舐めている。


 マジかよ、人のだぞ? あと材質がわかるのはなんでなんだよ。



「深く錬成された素晴らしい剣だ。それに、すうううううううううう……。表面に薄く塗られた油の香りが最高だ。よく手入れしてるんだね」

「な、何やってんだお前!」



 キルグレアはアリサの突然の奇行を目にして、驚いて剣を引こうとする。だが、アリサは右手で彼の剣を無理やりつかみ、その場に押さえつけ舐め続ける。



「久々の至福の味……でも不思議だな、新品みたいな味だ。あなたも国に選ばれた勇者なんだろ? アルメアからここに来るまでに海は二つ超えないといけない、相当長い旅だ。なのに、魔物の血の匂いや味がしない……まるでここまで戦ってこなかったみたいな、そんな感じがする」

「……っ! いい加減なことを言うな! いいから放せ!」


「ちょっと待ってもうちょい舐めさせて……ペロペロ、へえ~君って寝る前に剣に話しかけたりしてるんだね」

「!?」



 なんなのこいつ、舐めるとそんなことも分かるの? もはや特技の領域を超えてるだろ。絶対にこいつに舐められたくないんだけど。



「それと……なるほど、臀部にほくろがあるのを気にしてるんだね。何度か剣でこそぎ落とそうとした形跡がある」

「おいやめろもう舐めるな!なんなんだお前!放せ!……力強っ!」



 キルグレアは頑張ってアリサの手から剣を振りほどこうとするが、一向に振りほどけない。アリサはずっと舐め続けている。



「ん?これは剣に聞かせた詩歌の味かな? 『俺の光はアンロック、誰も俺を止められない。俺の輝きはサンセット』……」

「もういいもう分かった!俺が悪かった!だからもうやめてくれ!!」



 アリサによるキルグレアの過去暴露大会は続き、結局アリサが満足したのは日が暮れた頃だった。


 キルグレアは、静かに泣いていた。




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