第7話 絶対に斬れない

「う~~~~~ん、いやでもなぁ……」



 突然唸り声をあげて腕を組むアリサ。



「……なんだ急に」

「ごめん、名乗りを聞けばテンションあがるかなーって思ったけど、やっぱあんまあがらないな」

「テンション……? 貴様は一体何の話をしている?」



 ホントそうだよね。俺もそう思うよ。多分だけど、こいつバルバイドが剣持ってないからテンション上がらないんだろうね。



「何言ってるんですか勇者アリサ! そんなこと言える状況じゃないでしょうが!」

「でもルベロイ殿、この魔人、将軍なのに剣持ってなくて……」



 なんでだろう、推測が当たったのにこれっぽっちも嬉しくない。こいつを理解していくのが嫌だ。



「剣など不要! 我にはこの圧倒的な「不要?今、剣は不要って言った?言ったよね?」がある……何なんだ貴様は!我の言葉を遮るな!」



 ホントごめんね。言葉が伝わるならこの謝罪の気持ちをバルバイドに伝えてあげたい。いやでも将軍なのに剣を持っていないバルバイドの方が悪いのでは?



「何度でも言ってやろう、剣など不要だ! 我にはこの圧倒的な防御力がある!」

「そう……」


「魔人の皮膚は人間の何倍も強靭、我はその中でもさらに硬い特別製だ! 魔力による強化を何重にも施し、硬さはアダマンタイトよりもずっと上!」

「ふうん」

「クク……戦う相手にもう少し興味を持ったらどうだ……?」



 アダマンタイトは希少鉱石の一つ、超高度の金属。丹念に研ぎ澄まされた剣であっても傷をつけられないほどの硬さを持つ。


 それよりも上か、実際ランカの猛攻をものともしていなかったし、相当硬いんだろうな。



「余裕ぶるのはここまでだ、聖剣の勇者よ。ゆっくりなぶり殺してやろうと思ったが、貴様には我の本気を見せてやろう。はああああああああ……!」



 バルバイドは全身に力を籠め始める。強力な力が集まっているのか、散乱する瓦礫たちがカタカタと揺れている。


 こいつ、まだ隠し玉を持っていたのか!



「我にはスキルが3つある……我自身のスキル『ダーク・グレネード』と、魔王様から賜った2つのスキルがな。一つは『零視界ブラック・アウト』、そしてもう一つが……」



  バルバイドが全身に力を籠めると、灰色の体表が赤黒く染まり鉱石のように形を変えていく。それが全身を覆うと、バルバイドはフッと息を吐く。



「ふう……この最強スキル『三重装ゴア・グラム』だ。我は自身の防御力を一時的に3倍にした。教えてやろう、硬さこそが真の強さだ」



 超高度の金属、アダマンタイトよりも上の硬さを、さらに3倍にした!? なんかもうどれくらい硬いかよくわかんなくなってきたな。



「この状態の我はどんな攻撃であっても傷一つつけることは叶わん! 故に、聖剣など恐るるに足らず! ましてスキルを持っていない貴様が我を倒すなど、絶対に不可能だ!」

「……」



 不可能。バルバイドはそう断言したが、根拠足りえる程の威圧感をバルバイドは放っている。圧倒的防御力による肉弾戦。距離を取ったとしても『ダーク・グレネード』で無差別破壊攻撃を仕掛けてくる。


 かなり単純だがあまりにも効果的で隙がない。バルバイドの言う通り、どんなに鋭い剣でも、今のバルバイドに傷をつけるのは不可能だろう。




 アリサは俺を力強く握る。さすがのアリサもこの状況を理解して恐怖し始めたのかと思ったが、違った。



「面白そう……!」



 その目は真っすぐにバルバイドを見据えていた。そして、彼女の瞳は俺を初めて見た時のようにキラキラと輝いていた。



「来い凡百の勇者。骨すら残さず消し飛ばしてやる」



 バルバイドは再び右手に闇を集め始める。もう一刻の猶予もない。さっきは何とかなったが、再度同じことができるとは思えない。だというのに、アリサは笑みを浮かべている。



「ねえ聖剣さん」

「なんだよこんな時に」



「あれ切れる? かなり硬いみたいだけど」



「お前なあ……」



 何を聞くかと思ったら、ホントに馬鹿なことを聞いてくる。そんなことをどうして今更聞くのか、聖剣の所有者だというのに呆れてしまう。



「アリサ、お前に一つ教えてやる」



 だから、俺はアリサに当然の常識を教える。新たな所有者に向けて、1+1より簡単なその答えを。





「聖剣に斬れないものは無い」





「だよね」




 アリサは一歩を踏み出す。




「六魔将軍バルバイド、あなたに見せてあげる。剣の最高峰、その頂点に君臨する聖剣の輝きを」



 一歩踏み込むごとに、アリサは柄を握る手を少しずつずらし、まるで正解を探るように俺を弄ぶ。

 一歩、また一歩踏み込んで、アリサは確実に答えに近づいていく。いつしか剣先の揺れは収まっていた。


 そして、アリサの間合いにバルバイドが入るころには、アリサの構えは一流の者と寸分たがわぬようになっていた。



 バルバイドは弛緩し、油断し、緩み切っていた。故に、それに気づくのに一瞬遅れた。命が消えるのには十分すぎる時間だ。



 アリサは流れるように剣を振るう。剣筋は白い閃光を放ちながら、音もなくバルバイドを捉える。


 キンッ……!


 一拍置いて甲高い斬撃音が辺りに響く。崩れ落ちていく視界と、真っ二つに斬られた自身の体を見て、ようやくバルバイドはアリサが剣を振るったことに気づく。



「馬鹿、な……!」



 真っ二つとなったバルバイドは、しばらくしてその生命活動を停止する。



 一瞬の出来事だった。


 アリサは、不可能をいとも簡単に斬って見せた。あまりに美しくて、思わず俺が見惚れてしまうほどに鮮やかに。



「うん、さすが聖剣だ」




――――――――――――



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