第5話 勇者の価値

 魔人はそう言うと右の手のひらを天に向ける。すると、周囲から闇がその手のひらの上に集まっていく。



「『ダーク・グレネード』。闇を圧縮するスキルだ。貴様程度が食らえば塵すら残らないだろう。だが、ランカと言ったか。勇敢にも最後までわれに立ち向かったことは評価に値する。今すぐ逃げ出せばお前だけ見逃してやろう」



 それを聞いてランカは生気を取り戻したように顔を上げ、後ろの男はぞっとする表情を浮かべる。



「やめろランカ!逃げるな!逃げるのは俺を助けてからにしろ!」

「さあ逃げるなら早くしろ。1分も持たずに闇は集まりきるぞ」



 魔人の甘言と男の絶叫に似た懇願に挟まれたランカはその場を動けずにいた。魔人はその葛藤すら味わいながらどんどん右手に闇を集めていく。




「ルベロイ殿、手を放してください」


 アリサはルベロイにそう呼びかけるが、ルベロイは手を放そうとはしない。


「勇者アリサ、あなたは死ぬつもりですか」

「……」

「事前に聖域に訪れる勇者の情報は調べているんです。勇者アリサ、あなたは他の方と違い、力が理由でマラランカの勇者に選ばれたわけじゃない。一介のシスターに過ぎず、高い戦闘能力や卓越した魔法技術は持ち合わせていない。そうでしょう?」

「そうですね、私はただの旅するシスターです」



 シスター?異常性癖変態女じゃないの?



「マラランカ王国の内部事情は知りませんし知るつもりもありません。ですが、これだけは断言できます。あの魔人と戦えばあなたの命はないでしょう」

「見捨てろってことですか?」


「……見捨てる見捨てないの話ではありません。もとよりここは魔人や魔物の被害は少なくない。訪れる者は相応の覚悟をして訪れているんです」

「それは私も同じです」


「いえ、あなたは他の勇者とは違う。この世界でただ一人、聖剣を抜いた勇者なんです。伝承によると、聖剣の力は段階的に解放される。あなたはいずれは魔王を斬れる勇者となるでしょう。ですが、今のあなたは弱い。そして、あなたが死ねば、魔王という災厄を終わらせるのに100年単位で遅れが生じます」

「……」


「聖域の結界は今張りなおしています。聖域内で助けが来るのを待つんです。安心して下さい、聖剣教会には精鋭たちがそろっています」



 ルベロイは優しくそう語りかける。ルベロイの言葉も一理ある。聖剣を抜いた勇者であっても、死ぬときは簡単に死ぬ。

 それに、あの魔人は聖剣の奪取も目的の一つらしい。あの魔人に俺が奪われたら災厄を終わらせるなんてただの夢物語になってしまう。



 アリサはルベロイの言葉を聞き、フッとほほ笑む。そして、目をつぶり俺の剣身をほおずりする。



「おいノータイムで頬をするな! ぞわぞわする!」

「ん~ひんやり」

「……真面目に聞いてください。今あなたが死ぬわけにはいかないんですよ」

「ルベロイ殿はお優しいのですね。ですが、助けなきゃならないんです」


 アリサはそっと目を開ける。その瞳には、魔人の前で立ち続けているランカが映っていた。



 闇の集積が完了する寸前、ランカは覚悟を決めた表情で魔人の前に立ち剣を向ける。



 それはまさしく、俺の知っている勇者の立ち振る舞いそのもの。



 ……そうだったな、選ばれる者には選ばれるだけの理由がある。今、アリサは彼女を救わんがために動こうとしている。例え自分の命が失うかもしれない戦いだとしてもお構いなしに。



 その意思こそが、勇者の本質なのだ。



 そして、アリサは指をランカの方に向ける。



「だって、見てくださいよ。あんな可愛い剣を放って逃げるだなんてありえません!」

「あ、え、そっち!?」



 クソッ! 違った、こいつはランカが持ってる剣を見てたんだ。さっきまでこいつに期待してた俺を殴りてえよ。



 ルベロイはアリサの意味不明な発言にあっけにとられていた。アリサはその隙に手を振りほどき、魔人の方へ走り出す。



「待ちなさい……!行ってはダメです!」


 ルベロイの悲痛の叫びが響いてもアリサは足を緩めない。真っすぐに魔人の方へ向かう。


「おいアリサ! 飛び出したってことは、何か打開策があるんだな!」

「え、無いよ」



「……無いの!? ちょっと待て止まれ止まれ止まれ!」



 無策で突っ込むとかマジで死にに来てるだけじゃねえか!


 しかし、俺の必死の懇願も空しく、スピードそのままでアリサは魔人とランカの間に滑り込むように入る。



「なんだ、まだ残っているやつがいたのか。まあいい、闇はもう集まった。『ダーク・グレネード』、全員纏めて深淵に飲まれて消えろ」



 魔人は集めた闇を小さく凝縮し、ゆっくりと放つ。見るだけでわかる、魔力と圧力の集合体。触れた瞬間に辺り一帯が消し飛ぶのは想像に難くない。



 そんな危機的状況の中、アリサはぽつりと一言呟く。




「ねえ聖剣さん、闇を吸収したりとかできない?」




「はあ!? できるわけねえだろ! ほぼ攻撃特化だよ俺!」

「いやできるって!聖剣だし、光属性って感じじゃん!ほら吸収!きゅうしゅう!」

「無理無理無理無理!やめろっておいマジで死ぬぞ!」



 アリサは構わず俺を凝縮された闇に近づける。闇は寸前まで迫っていた。



 何だよ吸収って!できるわけないだろうが!剣なんだからせめて闇を斬るとかそういう方向でやってくれよ!



 アリサはただ満面の笑みを浮かべているだけ。



 あークソ!その聖剣を信頼してる感じがマジで腹立つ!もうどうにでもなれ!



 俺は闇に触れる瞬間、渾身の力を籠める。すると、収束していた闇はするりとほどけて俺の中に吸い込まれる。



 ……え?



「え、マジか。ホントにできた……」

「ね? 言ったでしょ?」



 なんでできるんだよ俺。そんな力あるなんて知らなかったぞ。



 そして、闇を放った張本人である魔人は驚いた顔でこちらを見ている。


「『ダーク・グレネード』がかき消えただと……? 何者だ貴様は」



 アリサはシスター姿で剣を構える。切っ先は真っすぐ魔人へ向けて。



「マラランカ王国十三勇者が一人、シスター・アリサ」






「そして……えへ、聖剣に選ばれし者……♡」



「違う!俺が選んだわけじゃないから!!」



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