ポップでシティなエンジェル
八岐ロードショー
Tailwind
「ま、要するに時代が変わったんだよね!」
はははは。笑い声。今日の店は最悪。夏休みに入ったからかな。知能低いやつが多い。
要するに時代が変わったんだよね。……最近よく聞くようになったこのキャッチフレーズ、嫌いだな。
「こんばんは、摩利さん。今日アシュリーは一緒じゃないの?」
マスターがコーヒーを出してくれた。アシュリーは来てなかった。
「一緒じゃない」
「そう……ミルクは? 一つだったか」
「二つ」
覚えてよ。
「はい」
ブラウン管に映った背広姿の司会者が言葉を選んだジョークを言ってる。スタジオの客がケラケラ笑う。
「要するに時代が変わったんだよね」
はははは。
またその言葉だ。ほんとに嫌い。
「あれ。もう帰るのかい。……っていうか、すごいリュックだね。山にでも登るみたいな」
そう。仕事帰りだから。今日の現場は結構面倒な案件だった。ラリった患者が五層まで落ちてて普通のツールじゃ足りなかった。
「……ねえ、この荷物今日ここに置いてってもいい?」
だとしたらすごい助かる。
「あぁ、別にいいけどね。明日は休みかい」
「うん」
「そっか」
マスターが笑った。変な人。
「摩利さん、最近お疲れみたいだから。個人事業主なんだからさ。ゆっくり休暇でも貰えばいい」
「誰に」
「もちろん自分にだよ」
マスターの言いたいことが分からない。からかってんの。
入口の横にあるソファにリュックをポイ。さっさと逃げる。こんな店。
「おやすみなさい、摩利さん」
マスターの声。
「……おやすみ、なさい。マスター」
ドアを閉めると、店の音楽も止んだ。うるさい声も司会者の声も消えた。
「あ」
プッピー。変なクラクション。アシュリーの車だ。タイミング悪。
「ちょうど帰ろうとしてたんだけど」
アシュリーがかけていたサングラスを持ち上げる。髪をピンクに染めてた。昨日までは白い髪だった。ネオンに照らされて綺麗。見蕩れる。
「だろうと思って寄ったの。今日は飲みたい気分じゃねぇから」
アシュリーはかっこいい。私はアシュリー以上にかっこいい人間には会ったことがない。
「ねえ」
私が言いかけてアシュリーがサングラスをかけ直す。エンジンがブォン。胸がドキドキした。
「ドライブ行くだろ」
「うん」
疲れが吹き飛んだ。羽が生えたみたい。アシュリーがドアを開けた。アシュリーの車はアシュリーの匂いがした。
「今日も頑張ったな」
アシュリーが撫でてくれる。私が何も言わなくてもアシュリーは笑ってる。
「へとへと」
「あたしはべとべと。今、マテンロウ計画の工事任されててさ」
「ふうん」
「とりあえず、ビーチに行こ。泳ぎたくなっちゃった」
「水着ないよ」
「誰もいないビーチだよ」
「それならオッケー」
車が空を駆けていく。アシュリーはいつも他の車を縫うように走る。これが自由。
風が気持ちいい。何もかも飛んでいく。嫌な景色。声も聞こえない。隣にいるアシュリーと私だけ。
「アシュリーの風」
「え?! なんか言った!?」
そう呼ぶことにした。「なにもいってなーーーーーーい」
ポップでシティなエンジェル 八岐ロードショー @seimei_ki
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