教導冒険者おっさん
みつぎみき
第1話 こいつらで百組目だな
冒険者ギルド、今や最人気職業の冒険者たちを纏め上げる組合だ。
王都にある本部と言われるそこは今日も賑わっていた。
「――ダンさん、今日はこの子たちをお願いします」
「……ん、ん? 珍しいな。今時このくらいの年齢で冒険者になるのは」
「この子たちは結構な田舎の村出身だったらしくて……」
ギルドの職員である若い女性『リン』は、ぼさぼさの髪に髭の生えたおっさんに頭を下げる。
彼の名はダン。ベテランの冒険者で、その実力と人格を評価されて初心者たちを導く教導冒険者として雇われていた。
煙草を咥えながらダンは今日ギルド登録をしたばかりの、新品キラキラの五人のパーティに近づいていく。
「よろしく、リンさんから聞いてると思うけど俺が教導冒険者のダンだ。ランクはBで……まあ、中堅かな」
『よ、よろしくお願いします』
五人の子たちは緊張のまま、どこか心配そうに頭を下げた。
「大丈夫よ、こう見えてベテランで頼りになるからこの人」
「リンさん……どう見えてんだよ」
「ふふふ、ごめんなさい」
緊張を和らげる明るい笑みを浮かべて近づいてきたリンは、ダンを揶揄いながら五人を安心させようとする。
ダンは初見ではお世辞にも実力者には見えない。どちらかと言うと汚らしいそこらへんで酒でも飲んでそうなダメなおっさんだ。
「よし、自己紹介も兼ねて飯でも食うか。今回は奢るぜ」
ダンは五人を連れ、ギルド一階に併設されている酒場に向かった。
酒場は冒険者で溢れかえり、昼間から多種多様な者たちが酒を、飯をむさぼり尽くす。また作戦会議の場としても使われている。
「良し、じゃあ乾杯!」
六人は席に着きダンは酒を、五人はドリンクを飲む。
「じゃあ俺から行くか、さっきも言ったがダンだ。Bランク冒険者で十のころに冒険者になって今年で三十年だ。つまり四十のおっさんだ」
焼き鳥を頬張りながらダンは自己紹介をしていく。
「お、俺はコウって言います。一応、このパーティのリーダーを任されました」
真っ黒な髪をツンツンに立たせ、マントを羽織る小柄な男だ。腰に剣を装備しているが、どうもサイズが合っていない。
「ぼ、僕は……レンって言います……すいません」
眼鏡を掛けオドオドした茶髪でそばかすの少年だ。緑色のローブを纏い、杖を背負っているので魔法使いだろう。
男二人の紹介は簡素に終わり、残りの三人の女の子が話し出す。
「私はリィズでーす! こう見えてこの中で一番強いです!! ふんすっ」
鼻息荒い元気っ子だ。ポニーテールの赤い髪が彼女の気性の荒さを映している。ノースリーブで腹を出し、膝くらいしかないタイツだけの露出狂みたいな恰好だ。胸がデカいせいで犯罪臭がする。
「ローズ……まあ……回復職です?」
なぜか疑問形。抑揚のない声で、顔も声もテンションが低い。銀髪のセミロングでかなり綺麗な顔をしている。かなり着こんでいて暑そうだが、それでもメリハリ付いた体のラインを隠せていない。
そして。
「レイン・C・チンコールですわ。よろしく」
苗字があると言うことは貴族なのか、しかしダンの聞いたことのない家名。
その容姿はまさにご令嬢と言わんばかりの気品さに溢れている。金髪の長く綺麗な髪に、冒険者に成ろうとしているとは思えないドレスを着こんでいる。おっさん風に言うならボン、キュッ、ボンな体だ。
「……えーと、年齢とか出身とかは?」
「ああすいません、全員カンロ村の出身でこれまた全員十七です」
リーダーのコウが申し訳なさそうに言う。
「やっぱり珍しいな。俺も十でなったし、最近は一桁でなる奴もいるのに」
「俺たちは田舎出身なんであんまり冒険者に触れてこなかったんですが、そんなに珍しいんですか? リンさんたちも驚いてましたけど」
他の子たちも頷いているので同じ気持ちなのだろう。
「よし、おさらいも兼ねて最初から説明してやるか――」
数百年前に魔王と呼ばれる突然変異の化け物が生まれた。奴は魔力を用いて魔物と言われる多種多様な化け物を生み出した。
人類はどんどん数を減らしたが、奴らを個人的に狩る奴らが各国にちらほら現れた。それが後の冒険者って言われる奴らの元祖だな。
当然そいつらの纏め上げようとする奴らも現れた。それがギルドの大元だな。
国も支援をしてどんどん冒険者は増えて行った。
そしてついに魔王を倒すことに成功した。
「――で、人類はどんどん減らした人口を取り戻した。が、魔王を倒しても魔物は増え続けるから当然冒険者も増える。しかも増えてくると依頼の内容も多岐に亘るようになってな……で、そこから実力を分けるランク制度も出来上がる。すると細分化が進んで余計に新人が入りやすくなると」
「で、気が付けばどんどん新人の平均年齢も下がったと?」
「そう言うこった」
説明に一区切りつけると、ダンはグビグビ酒を飲む。
「まあこんな説明も俺のような教導冒険者の務めだな」
「あ、あのっ……」
おずおずとリィズが手を上げた(声のボリュームは凄かったが)。
「ランクってどう分けられてるの? どうやったら上がるの?」
「一番下がEランクだ。俺の教導が終わればお前らはEランクの証であるピアスが渡される。ランクは色を見ればわかる」
A=黒、B=白、C=赤、D=青、E=緑。
「でだ、まあ依頼をこなしていってギルドの職員に認められたら試験を受けさせてもらえる。それに受かればランクは上がる」
五人は漸く緊張が解けてきたのか、チビチビとテーブルに置かれた食事に手を付け始めた。
「モグモグ――そう言えばダンさんは何で教導冒険者をやってるんですか? Bランクの冒険者なら普通に魔物倒していった方が楽じゃないんですか? 俺らが言うのもおかしいですけど、初心者を教導するのって面倒臭くないですか」
「いや、これがな……教導冒険者ってのはギルドに実力と人格を認められた者しか成れないんだ。まあ人格面で弾かれるやつばっかなんだが。てな訳でギルドから手当てがクッソ出るんだ。お前らにこうして飯を奢れるぐらいにはな」
ドヤ顔で酒を飲むダン。
「つまり……楽に稼げるからやってると……さいてー」
ジト目でローズが見てくる。まあ表情から見ても冗談だろうが。
警戒心の強そうなローズですら冗談を言えるほどには打ち解けていた。
「あれ? そう言えば昔はSランクがあったとかなかったとか?」
レンは首を傾げながらボソッと呟く。
「おお、在ったぞ。まあ撤廃されて、そこから一個ずつランク下げが行われてな……俺もAだったのにBになっちまった」
「ええ!? ダンさんってAランクだったんですか!!」
リィズのこの声のデカさどうにかならないかな?
「ちなみに全然すごくないぞ、今のBの冒険者がほとんどそうだったんだから」
「どうして撤廃されたの?」
ローズは体を揺らしながら聞いてくる。おそらく興味ある事を聞くときに体を揺らす癖があるのだろう。ゆさゆさと何かが揺れている。
「今Aランクは世界で三十八人居る。そいつらは全員がSだった奴らだ――」
最初はAが上限だった。しかしここ数十年で人類の力が上昇していった。そうなるとそこからずば抜けた実力者も生えてくる。でだ、そいつらがAに上がってくると上限が故に格差が生じてくるわけだ。同じAでもギリギリなった奴とそう言った規格外でな。
「それで規格外の人たちをさらに上のランクを作って上げたってことですか」
レンは眼鏡を拭きながら悟ったように言う。なぜかムカつく仕草だった。
ローズもムカついたのかレンを睨んでいた。
「でもだ、最初は数人だったがもう三十人を超えた訳だ。そうなったらもう特別感は無いだろ? だから撤廃されて全体的に下げられたんだ」
「こうなるとAがまた数百人単位で増えたらまたSが出来そうですな」
(ですな?)
「(お、おい……なんかレン君の様子おかしくないか?)」
「(そうですね……どうしたんだろ?)」
ダンはコウに小さい声で尋ねるがコウもよくわからないみたいだ。
「あ、こいつダン様のお酒を飲んでやがりますわ」
「うわ、やっちまったな……俺が怒られるやつじゃん」
と言うかすごい話し方するなチンコール。
いろいろあり今日は解散となった。
次の日から十日ほど、五人はダンの下で冒険者のイロハを叩き込まれた。
「――よし、今日で俺の教導は終了だ。お前たちにこいつを渡す」
魔物たちが跋扈する森での演習を終え、ぐったりする五人にダンは小さな袋を渡す。
「それはお前たちの冒険者の証、Eランクの緑ピアスだ」
五人は渡されたピアスを着ける。
「――だ、ダンさん……今日までありがとうございました!!」
「「「「ありがとうございました」」」」
リーダーのコウが涙を堪えながら頭を下げる。続いて四人も同じように頭を下げる。
この一瞬だけで疲れが吹っ飛ぶ思いだ。何年経っても、何歳になっても感謝されると言う行為は嬉しいものだ。
(こいつらで丁度百組目か……長いようで短い日々だったな……)
そう感動に打ち震えているダンに近寄って来たのはレインだった。
「(ダン様)」
「(ん、なんだ? 内緒の話か?)」
身長差があるため、ダンは中腰になる。そうして顔を近づけながらレイン・C・チンコールはとんでもない事を言い放つ。
ワタクシ・マオウナンデス
教導冒険者おっさん みつぎみき @mumusasa
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