第10話 バイトです

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 翌日昼、


(やっぱり、

 行くのやめようかな・・・)


 街道の先、

 万里の長城のような石壁を見上げながら、

 俺は尻込みした。


 あの石壁・・・市壁の向こうが『街』だ。


 既に俺の前には人の列が出来ている。


 商人らしい団体の馬車、

 剣を帯び鎧に身を包んだ傭兵らしき集団、

 羊に囲まれた羊飼い・・・


 皆、

 あの市壁の門にある検問所を抜けるべく並んでいるようだ。


 なるほど、

 揃いの鎧に身を包んだ門兵さん達が、

 通行者一人一人を確認しているらしい。



(いよいよ、

 異世界で初会話か・・・)


 俺は、

 改めて自分の恰好をチェックした。


 皮の服の上から、

『ホーム』のタンスに入っていた外套がいとうを羽織り、

 腰のベルトにはショートソードとポシェット。


 荷物は、

 いつでも『ストレージ』の亜空間から出し入れできるので、

 何も持つ必要はないのだが、

 一応ポーズとして、

 タンスから持ってきたザックを背負っている。


 中身が空というのもまずいので、

 タンスに入っていたシャツとパンツを詰め込んで・・・。


(何故か下着だけは、

 前世のトランクスとTシャツが入っていたんだよな・・・。

 ま、それはともかく・・・)


 これでどこからどう見ても、

 普通の旅の少年・・・のはず。



(どうか、

 すんなり通れますように・・・)


 素性を細かく聞かれませんように・・・、


 法外な通行料を取られませんように・・・、


 高圧的な態度をとられませんように・・・、


 舌打ちされたりため息つかれたりしませんように・・・、


 しゃべり方を馬鹿にされたりしませんように・・・。



「荷物に問題はないな。

 通ってよし!」


 門兵のチェックを無事クリアした商人の馬車が、

 街へと入っていく。


 もうすぐ俺の番だ。


 近くまで来てようやく気付いたのだが、

 市壁には門が三つある。


 俺たちが並んでいるのは、

 街への入場用の門だ。


 その左右にそれぞれ、

 逆に街から出立用の門と、

 緊急用らしい今は閉ざされた門・・・。



 そしてちょうど今、

 出立用の門から三人、

 チャラい雰囲気の若者が出てきた。


 若者と言っても、

 今の俺よりは一回り年上のようだが。


「よし、

 今日も稼ぐぞ!」


「魔狼の群れの討伐か。

 また少しだけ討伐数を水増しするか?

 くっくっく・・・」


「シッ!

 馬鹿、声が大きい!

 こんな所で言うんじゃないの!」


 などと、

 何かテスト前のカンニングの相談みたいな会話をしている。


 男二人に女一人、

 それぞれ鎧やローブに身を包み、

 剣、弓、杖を携えている。



(ひょっとして、

『冒険者』というやつか・・・?)


 俺が何となく彼らを見ていると、

 向こうも俺のほうを向いてきたので、

 バッチリ目が合ってしまった。


 俺は、

 すぐに目をそらしたのだが、



「おい・・・」


「あ・・・!」


「あいつ、まさか・・・」


 三人は俺の顔を見て、

 何故か驚いたような反応をした。


(何だろう・・・。

 この髪の色が珍しいのか・・・?)


 俺の髪の色は、

 前世と同じく平凡な黒髪だ。


 だが、

 周りの人たちの頭髪を見るに、

 この異世界では黒髪は目立つのかも知れない・・・。



「次の者!」


 門兵に呼ばれた。


(そうだ。

 今は検問のほうが大事だ・・・)


 俺は、

 三人の視線をやり過ごし、

 門前の検問所に来た。


 窓口ごしに、

 中の門兵と話す。


「名前と身分は?」


「バイトです。

 身分は・・・ありません」

 と、俺は答えた。


 ちなみに、

『バイト』という名前は、

『アルバイト』から取ったものだ。


 前世でも、

『おい、バイト』、

『ちょっと、そこのバイトの君』、

『よお、バイトのおっさん』などと本名よりも呼ばれていたので、

 反応しやすい名前だ・・・。


 だが門兵は、

 俺が『身分がない』と言った事に片眉を上げた。


「身分がない?

 何だそれは?

 坊主、お前一体どこから来たんだ?」


 声が少し鋭くなってきている・・・。


 俺は、

(落ち着け、大丈夫・・・)

 と、自分に言い聞かせながら、

 あらかじめ用意しておいた返答をした。


「普段は向こうの森に住んでいます。

 『生まれた時』からずっと、

 『物知りなお姉さん』の世話になっていたんですけど、

 最近、そのお姉さんと『お別れ』して、

 今は一人で暮らしています」


 嘘は言っていない。


 物知りな女神様おねえさんにも世話になったし、

 そして昨日、森から『ホーム』に入り一晩過ごしたのだ。


 こころなしか、

 門兵の目が同情的なものに変わる。


「じゃあ、

 こうして街に来たのは移住目的か?」


「いえ、

 食料を買いに来ただけです。

 なので、数日滞在できればと思います」


「金はあるのか?」


「お姉さんが置いていってくれたお金があります。

 金貨も少し入っているので、

 足りなくなる事はないと思います」


 俺はそう言って、

 腰のポシェットを叩いてみせた。


 門兵も、

 それ以上質問してくる事はなく、


「・・・分かった。

 一週間内の滞在は銀貨一枚だ」


「はい」


 俺はポシェットから、

 言われた通行料を取り出し、

 窓口のカウンターに置いた。


(大事に使わないとな・・・)



 銀貨を受け取った窓口の門兵は、

 一枚のカードにいくつかの記入をして、

 それを俺の前に差し出した。


 今日の日付らしき数字と、

 俺が名乗った『バイト』の名が記載されている。


「滞在証明のカードだ。

 街を出る時までなくさないように。

 ――通ってよし!」


「はい、

 ありがとうございます」


 優しそうな門兵で良かった・・・。


 

 そうだ、

 ついでに聞いてみようか。


「あの、

 一つお尋ねしてもいいですか?」


「ん、何だ?」


「森で狩った獲物を解体してもらいたいのですが、

 どこに行けばいいでしょうか?」


「獲物って・・・、

 何も持ってないじゃないか」


「あ、いえ、

 今はないですけど、

『別の場所』に保管していて・・・」


 嘘は言っていない・・・。


「それなら、

 冒険者ギルドに行ってみるといい。

 解体も頼めるし、それに、

 お前みたいに身寄りのない者でも、

 ギルドに登録すれば仕事がもらえるぞ。

 ここの通行料も必要なくなるしな」


 親切に教えてくれた。



「ありがとうございます。

 行ってみます」


「ああ、気をつけてな。

 ――次!」


 俺は、

 門兵に礼を言って、

 門をくぐった。



 先ほどの三人の若者が、

 俺を見ている事には気づかずに・・・。




【残り3589日・・・】





 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦



 ??は語る・・・。


「アルバイトでバイト・・・ですか。


 自分にそんな風に名前を付けるなんて、

 前世での鬱屈うっくつしていた心が垣間かいま見られますね・・・。


 そんなあの人を労わる意味もこめて、


 作品の『フォロー』はもちろん、

 どうか下にある

 ☆や『ハート』も押してやってくださいな・・・」















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