Case.探偵は幼馴染に勝てない。

 春日警察署。

 1件目の事件から現在に至るまで荘川警察署と愛知県警と合同で捜査を行っている。

 捜査を行っているのは連続殺人。しかも、心臓を摘出する猟奇的殺人事件である。

 俺は明澄とともに警察との事情聴取を終えたら、1人コソコソと捜査会議の内容を盗み聞こうとした、が――


「さすがにそれはやめようか。皇くん」

「…………一ノ瀬警部」


 俺を背後から驚かせてくる男性警部は明澄の実兄――一ノ瀬壮一さんだ。壮一さんは警察学校を首席で卒業し、県警の刑事部の配属となっていた、と聞いているけど……。


「今じゃあ警部になっているなんて出世しましたね」

「部署違いだが、遺体を発見してくれたのは感謝しているけど、捜査内容を聞くことは許せないかな?」

「駄目ですか?」

「駄目です。内容には守秘義務がある。民間人が知ってはいけないことだよ」


 そうか。俺は肩を落とす。事件の全容がわかれば助力できるかもしれない。でも、俺が部外者であることに変わりないか。

 トホホホとしょぼくれる俺に壮一さんが肩を叩いてくれた。


「後で捜査内容と状況、資料を教えるから。それで我慢してくれる?」

「え? いいの?」


 俺はこのとき、子どものように目をキラキラと輝かせた。しかし、壮一さんがお願いをしてきた。


「妹をしばらく預けてくれるかな?」

「明澄を?」


 夕方に明澄が俺にお願いをしてきたのは覚えているけど、壮一さんも俺にお願いするということは込み入った依頼になりそうだなと判断する。


「日本にはしばらく残るのだろう。だったら、明澄に身の回りの世話をしてもらえば、ああ見えて女子力上げたそうだよ」

「へ、へぇ~……あいつが、ね……」


 明澄が女子力を上げた、ね……とてもじゃないが信じきれなかった。実のところ、明澄が料理下手なのは幼馴染の俺が一番知っている。何度あのまずい料理を食わされたことか。

 ゾクッと背筋に冷や汗を流れる。たぶん、顔は真っ青になっているはずだ。


「そんな顔をしないでくれ。明澄もキミに「まずい」って言われたことが相当悔しくてね。お母さんに泣きついて料理の腕を上げて。今じゃあ家の料理長も太鼓判を押すぐらいに成長したんだから。大目に見てやってくれ」

「ホントかな……」


 とてもじゃないが信じきれない。壮一さんが悪いとかじゃなく明澄がお母さんに泣きついて料理を教わったと聞かれても、はい、そうですかと納得できない自分がいる気がした。


「アハハハ。信じられないか。とにかく、妹の聴取が終わったらの家へ向かえばいいかな?」

「一応はそのつもりですけど……なんだろうな。この分だと明澄が俺の家に居座りそうな予感が…………」

「恭也くん。口にしていいフラグと口にしてはいけないフラグがあるよ」

「はい。そう思います」


 俺はこのときほど壮一さんの言葉が正しいと思えた気がした。


 ひとまず、俺は明澄が警察の聴取から解放されたのを見計らい自分の車に乗せて目的地まで走らせる。


「ひとまず、大学の学食で頼もうとしたお願いは博士の家で聞かせてもらう」

「う、うん……」


 俺が博士の家に居座らせる話の旨を明かすも明澄はどこかもじもじといじけない雰囲気を見せていた。ふと、車の時計を見れば、19時を過ぎていたのでどこかで腹拵えをしたほうがいいな。そういや、壮一さんが言っていたな。明澄が料理の腕を上げたって……せっかくだし……頼んでみるか。


「そういや、お腹が空いていてね。博士の家でご飯を食べようにもご飯があるかわからないし。一度、俺に家に寄っていくか。誰か作ってくれないかなぁ~」

「え?」


 俺はおだてるとも挑発しているともとれる言い回しで明澄へ言葉を投げてみれば、明澄はドキドキハラハラとどこか挙動不審だった。


「じゃ、じゃあ、私が作ってもいい?」


 オロオロと明澄が俺に夕食を作ってあげようかと伺う。伺うも何もそんな潤んだ目を向けられたら言い返せないじゃないか。ったく……


「いいよ。俺の家に夕食を用意し――」


 このタイミングで電話が入る。俺は車のカーナビをタップすると、博士からだった。


「どうした、博士?」

『おぉ、恭也。ずいぶんと遅いのぅ。ワシはもう腹ペコでしょうがないのじゃ』

「悪いな、博士。これからそっちに行くから。俺の家から食材を持っていってくれ。今夜は明澄の手料理が振る舞われるからな」

「ちょっと、恭也!?」

『明澄くんか。久しぶりに顔を見られるのか。懐かしいのぅ。昔は2人で仲良く遊びに来とったからな』


 電話越しに博士が昔話を引け散らかす。おいおい、いつの頃の話だよ。


『とにかく、明澄くんと一緒に来るなら準備して待っておくよ』

「ああ、頼む」


 俺はカーナビをタップして電話を切る。車は俺の家・皇邸へ向かっている。俺の家は那古野市の西隣の天野市に家を構えている。明澄の家は那古野市天ノ区に家があるけど、今日は家まで送る気はないので俺の家に車を走らせた。


 ちょうど、反対車線に高級車・外国車が通り過ぎたけど興味がなかったので車を加速させて家まで急ぐのだった。


 ■――■


 恭也と明澄が乗るスポーツカー・クーペの反対車線を走る外国車・ロールスロイス。


「どうかなさいましたか、ラース様?」

「いえ、ずいぶんといい車を見かけたもので……」

「追いますか?」

「いえ、このまま車を那古野市へ、あの方へ報告しましょう。今回のゲームも大詰めを迎えるってね」

「わかりました。ですが、あの者は最後の殺人をこなせますか? 私ごとではありますが、あの者は嫉妬と怒りで我を忘れることもありますので……あっ、申し訳ございません」


 部下と思わしき運転手が後部座席に座る上役に意見するも失言だったと口をふさぐ。


「いえ、わかります。あの者が必要以上に殺人に固執していることを全く、自分がサイコパスだと自覚していないのでしょうか?」

「お言葉ですが、サイコパスの可能性は高いと思われます。猟奇殺人を引き起こせるあの者が精神異常を起こしていないのがおかしな話だと思われます」

「ええ、そうね。でも、最後の殺人相手が気の毒ね。まさか、友達だなんて……」

「気の毒ですね。ですが、ラース様。自分の直感になりますがよろしいでしょうか?」

「許します。話さない」

「では、お話します」


 運転手はラースと名乗る者に自身の考えを告げる。


「最後の殺人は失敗する可能性が高いと思われます。聞くところによれば、6が動き出したと――。また、現場で勝手に調査していた男子大学生も気になる旨を明かしておりました」

「あの6人ですか。放っておきなさい。統率が取れていない彼らに興味がありません。ですが、その男子大学生が気になりますね」

「そう言うと思いましたので既にグリード様に調べてもらうようにお願いしました」

「まあ、手際の早いこと。でも、男子大学生、ね」


 ラースと名乗る者はクスッと座席の後ろに置かれた紅茶のティーカップを口に含ませる。


「もしかしたら、その男子大学生が、あの6人をまとめちゃったら脅威と認定しましょう」

「その男子大学生を、ですか?」

「いえ――」


 その者が何かを言おうとしたとき、横にトラックが音を立てて過ぎ去っていく。運転手は上役の言葉を聞き、「かしこまりました」と受け答えをした。


「――では、そのようにいたします」

「ええ、お願いね」


 黒のロールスロイスは那古野市に入り、あの方へ報告することを念頭に置いた。


 ■――■


 俺が運転している車は天野市に入り、そのまま俺の家・皇邸ではなく隣の博士の家へ到着した。


「先に降りて、博士の家に向かってくれ。俺は車を車庫に入れてくるから」

「嫌よ。こんな時間で女の子を1人にさせる気? それに冷蔵庫に何が入っているかわからないし」

「…………」


 た、たしかに冷蔵庫の中身を知っているのは俺だけで明澄が知るわけもない。うぅ~、忘れていた。それに明澄を外に残しておくのも忍びない。俺にお願いをするぐらいだ。彼女の身に何があったら、壮一さんからなんて言われるかたまったものじゃない。

 博士からも幼馴染を守れない最低な男だな、と言われてしまいかねん。

 ――よし。


「わーったよ。車を車庫に入れたら、一緒にキッチンまで行こっ」

「――! うん!」


 明澄の満面の笑顔が俺の腹黒さがまっさらにされそうな気がしてならない。

 車内でそう言われては俺も何も言い返せない。とりあえず、俺は車を車庫にバックで入れた。

 入れたら車のエンジンを切って明澄を家の中へ招き入れる。本来なら博士を皇邸へ招きたいけど、壮一さんが来るから博士の家で夕食を食べたほうがいい気がした。何しろ、俺の家に泊まることになると何かと問題になる気がする。なんせ、明澄は大女優。女優さんが男と一緒にいるだけならともかく、同居しているともなれば一大ニュースっていうかスキャンダルへ発展しかねない。

 あれ? これって学食でも思わなかったか? ったく、我ながら堂々巡りしている気分だ。

 まあ、とりあえず――


「さっさと食材を持って博士の家に行くぞ」

「うん!」


 俺と明澄は車を降りて家に入ってキッチンへ足を向ける。キッチンに入れば、IHコンロに煮汁が染み込んだ肉じゃがの鍋を見つけた。


「お鍋? 中は肉じゃが?」

「ん? ああ、料理本を見ながら作ってみた。味の保証はないがな」

「でも、1日かけて煮込んだのなら美味しいよ。博士と一緒に食べよう」

「そっか?」


 俺としては明澄に食わせたくないけど仕方ない。食べてもらって文句を言われるだけ言われよう。俺は自分の下手さを呪った。


「じゃあ、残りは副菜ね。栄養バランスを考えないと……」


 やけに家庭的になっているな。明澄のやつ……壮一さんが言っているのもあながち嘘じゃないかもな。


「――ねぇ、やけに作り置きが多すぎない?」

「あっ……」


 冷蔵庫を物色している明澄は中に作り置きの料理があることに気づく。

 しまった。料理本の料理を試しに作っては冷蔵庫に冷やしていたんだ……


「もうこうなったら……――」

「こうなったら?」


 やべぇ……プルプルと震えていやがる。今にでも怒りかねん……


「冷蔵庫に置いてある作り置きを全部出す!」

「えぇ!?」

「えぇ、じゃない! こんだけ作り置きしたら傷んじゃうでしょ! はい! 運ぶのを手伝いなさい!」

「……わかりました」


 やはり、ガキの頃から俺、明澄に勝てない気がする。どれだけの年月が経っても俺は明澄に勝てないのを再認識する。

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探偵が謎と恋を解き明かしていく。 柊銀華 @Vermouth

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