Case.探偵は警察と話し合う。

「亡くなったのは二月幹代さん。18歳。大学生。死因は首を絞められたことによる窒息死。そして――」

「仏さんの胸にポッカリと空いた穴となくなった心臓か……ったく、今回で何件目だ?」

「8件目です。これは同じ犯人による犯行。連続殺人です」


 やれやれと頭を振る2人の刑事さん。でも、事件が起きた以上、警察が出ないといけないのも現実なのでキツい仕事だけどやるしかないと割り切る刑事さん。


「まあ、そう重く見つめるな。遺体が早期に見つかっただけ良しとしようじゃないか」

「警部!」


 2人の刑事が若い警察官に敬礼する。警部さんも2人の刑事に敬礼する。


「お疲れ。ご遺体の死亡推定時刻は……」

「ええ、死亡推定時刻は…………」

「おそらく、24時間は経過しているわ」


 死亡推定時刻を正確ではなくても割り出してくれた女子大生が警部さんの疑問を答えてくれた。

 3人の警察は同時に振り返り、質問を答えてくれた女子大生――湊四聖が立っていた。


「おい、部外者は立入禁止だぞ」


 中年の刑事が四聖を追い出そうとするも若い警部が制止する。


「いいじゃないか。ご遺体を発見して実況見分してくれたのは彼らのようだし」

「しかし、警部」

「それにご遺体の違和感に気づいてくれた大学生の方がヒントを見つけてくれるかもしれないだろ」

「ったく……」


 警部の判断に振り回される刑事2人。その中で未だに現場へ割り込んで死体を見続けている男子学生へ何度も何度も声を飛ばし続ける中年の刑事。


「おい、ご遺体から離れろ! 離れないと公務執行妨害で逮捕するぞ!?」

「妙だな」


 俺がボソボソと口走っているのを中年の刑事が詰め寄る。


「あん? 何が妙だって?」


 やけに突っかかる刑事さんだが、俺は気になったことを口にする。


「はぁ? 死後硬直が早いのが関係あるのか?」


 おい、あんたそれでも刑事かよ。死後硬直が早まる原因ぐらい知っておけよ。


「関係大有りだ。この遺体の死亡推定時刻は湊さんが言っていたとおりに24時間前後。死後硬直が解ける時間は30時間から40時間で解け始める。90時間後には完全に解けてしまうのだが……この遺体は完全に解けかけている。これは妙におかしい」

「刑事さん。検視をした私が言うのもなんですけど、死後硬直が解けかけていた。この遺体が死ぬ前に激しい運動でもしないかぎり死後硬直が早まることはない」


 湊さんもそう言って警察に助言する。俺もその意見に同感だ。この女性が死ぬ前に激しい運動でもしていなければ死後硬直が早まることはない。


 死後硬直が早まる原因は主に人間の体内にあるATP(アデノシン三リン酸)が不足している場合でのみ起きる現象。基本、激しく運動して身体が疲弊した状態のまま命を落とした場合が最も高い症例と言える。

 しかし、遺体を見るかぎり激しい運動をした痕跡が見当たらない。だからこそ、不思議でしょうがない。


「遺体の腐敗速度を遅めているのならわかるけど、死後硬直が早まる原因になるか?」


 謎が謎を呼んで理由がわからなくなっていくのを俺は疑問が拭いきれない。荒唐無稽。奇想天外。まさしく意味がわからない、という感じだ。犯人がどのような方法で殺害したのか見えなければ事件を解決しようもがない。

 しかも、これが連続殺人なら尚更だ。犯人はまだ人を殺害するかもしれんからな。とにかく、警察にこのことを――


「ん?」


 トイレの端に何かが落ちているな。これは――!?

 トイレに落ちていたのはカード。しかも、ただのカードではなかった。ある特定の意味を示すマークが記されたカードだった。

 ってことは、この連続殺人事件には何らかの法則がある。同時に何かしらの動機がある。その動機を見つけなければ、事件解決の糸口が……


「まあ、ひとまず、ご遺体を署の霊安室に保管して遺体処理をしてもらわんとな」


 中年の刑事さんの一声で鑑識を呼んでもらい、遺体の回収に取り掛かる。


 遺体が担架に運んで回収されるのを見届けた俺は再度、トイレの便器を見たら、妙な違和感に気づく。


(おかしい)


 遺体がここに置かれていて心臓を摘出されたのなら中は血まみれになっているはず。それなのに便器どころか床や壁、天井に血が付着した痕跡がない。仮に血を拭ったとしても鑑識がルミノール反応を調べるはず……にもかかわらず、ルミノール反応がなかった。まさか、あの遺体はここではなく別の場所で殺害された可能性が高い。

 だとすれば、移動手段だが……あぁ~、もう! 頭がこんがらがって考えがまとまらない。


「おーい、そこの学生さん。そろそろ、現場を出てもらおうか」

「後、署の方にも来てもらえるかな。事情聴取しておきたいし」

「…………あ、はい。わかりました」


 俺は警察に言われてトイレを出て颯爽と車に乗り込む。俺が車に乗り込めば、車内で待っていた明澄が事件の詳細を尋ねる。


「ねぇ、恭也。中で本当に人が死んでいたの?」

「ん? ああ、女子大生が亡くなっていた。死因は絞殺。縄か紐で首を絞められた痕があってね。殺人の可能性が高い」

「え? 自殺じゃないの?」

「自殺ならあんなわかりやすく見せるか。ドアバーの縄で吊るしたら死体の重みでドアバーがへし曲げている。あれは明らかに殺人だ。ご丁寧にダイイングメッセージを置いていったようだしね」


 俺は服の胸ポケットに入れておいたカードを明澄に見せる。


「何これ? 変なマーク。アルファベットの『H』に見える。マークの下に『P』『I』『S』って書かれているけど……」

「そのマークの意味だけじゃあ俺もさっぱりだよ。だから、知りたいんだ。前の7件の事件で発見された遺留品の中に犯人の手がかりが残されていると思うから」


 俺は車を走らせ、警察署へ向かう最中、犯人からの挑戦を真っ向から迎え撃つと決めた。


「ここまで人の命を奪っておいてのうのうと生きる犯人をお縄にしてやるためにな」

「…………」


 俺は知らず知らずのうちに凛々しいあるいは真剣な顔をしていた。俺の横顔を見ていた明澄は妙に顔を赤らめていたけど、俺は運転に集中していたので気づくことは一度もなかった。

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