Case.探偵は変死体を発見する。
俺が車をもう一度、春日市へ戻す。大学に忘れ物をしたとかではなく、後ろからつけてくる2台の車と1台のバイクから逃れるためだ。しかも――
バイクが横からくる。なら、あの人の元へ行くには高速だな。
「明澄。ここから高速へ向かう。予定では下道で帰りたかっ――」
続きを言おうとしたけど、ルームミラーで黒と白のレクサスが加速してくるのが見えた。
サイドミラーからはバイクが1台近づいてくる。
「やれやれ、検問に捕まったから。後ろの連中につかまっちまったな」
運の尽きがないと自分を呪いたくなる。
「え? どういうこと?」
明澄は状況が全然読めていなかった。無理もない。急に方向転換されて目的地から遠退いているからな。大女優の彼女の時間を無駄に潰しているようなものだ。俺は仕方なく、安全な場所へ移動すべく近くのコンビニの駐車場に車を駐車させた。
続いて、2台の車と1台のバイクもコンビニの駐車場に駐車してくれた。
「明澄!」
駐車させて早々、黒のレクサスから茶髪でおかっぱの女子大生がドアを勢いよく開けてバンバンとウィンドウを叩く。
「え? 鈴木さん?」
「ん?」
俺はこのとき、明澄が声をかけてくる女子大生の呼び方に違和感を持つ。いやいや、呼び方なんて人それぞれ。自由なんだから関係ないだろうと思われるが、伊達に幼馴染ではないので明澄の性格やら
コンコン
運転手側のウィンドウを叩く女子大生がいる。夜なので艶があるのか判別できないが黒髪ロング黒目の女子。見た目は眉目秀麗。美少女と言われてもおかしくない美貌の持ち主だ。
俺は一応、運転手側のパワーウィンドウを下ろす。
「何か用? 俺は今、一ノ瀬さんを家まで送ろうかと思っていたのだが?」
先に用件を言って、相手の出方を見るほうが得策だと判断した。見たところ、名海大学の学生だと思われるからだ。
「申し訳ない。用件を教えてもらったことに感謝しているけど、名前を教えてもらえる?」
「そうしたいのも山々だけど、急に後ろを付けていた人に名前を教えるのも億劫だと思っている。名乗るなら謝罪を含めて、キミから名乗ってもらえる?」
追いかけ回されたのは自分だと言い切り、相手から名前を名乗らせようとする。まさに傲慢な態度だ。
俺の態度に不服に思ったのか茶髪でおかっぱの女子大生が俺の席に回り、襟を掴んで引っ張った。
「何様のつもり!? 明澄を連れて行って馬の骨が明澄を返しなさいよ!」
「え? な、何を言っているの? 鈴木さん!?」
「明澄。任せて、この誘拐魔を警察に突き出すから!」
「だから、ちょっと待って!?」
明澄の慌てようもそうだが、この女は人の話を聞く気がないと見た。まさに自己中心的な解釈をするお嬢様に思えた。
「鈴木さん、ちょっと落ち着いて!」
「待ってて! すぐに助けるから!」
「だから、待って言っているでしょ!?」
明澄が怒鳴っているけど、鈴木っていう女は頭に血が上って感情的になっている。どうにかしないと俺が冤罪で警察に連行されるな。
「はいはい。落ち着いて。鈴木さん。一ノ瀬さんから事情を聞こうか。話を聞いてからでも問題ない」
「問題大有りでしょう!」
黒髪ロングの女子が鈴木っていう女子大生を羽交い締めにする。
「ごめんなさい。彼女。未だに精神が子どものまま大学生になってさ。たぶん、ご都合主義の自己解釈であなたを悪者だと断じたみたい」
「勧善懲悪。性善説思考ってわけか」
羽交い締めにする女子大生とは別の女子大生が謝罪する。茶髪のミディアムヘアの女子大生。
おや? 瞳の色が左右非対称だな。もしかして――
「キミ……もしかして、ヘテロクロミア?」
「ええ、私は生まれつき瞳の色が違うの。だから、小さいからよくいじめられてね」
「そっか。それは失礼した」
俺は彼女に謝りつつ、崩れた襟を正す。それにしても……
「あの鈴木っていうわがままお嬢様は知り合いか?」
「う、うん。高校の頃の知り合い。でも、どうして彼女がこんなことをするのか」
ふーん。明澄も鈴木さんがこんなことをするのか話の筋が見えないし。全然わからないようだ。
と、なると、これはちょっと詳しく聞いたほうが良さそうだな。
俺はこのとき、明澄のお願いが一筋縄ではいかないお願いだと理解した。
理解したけども、未だにギャーギャーと喚く鈴木さん。まるで子供だな。私が明澄を守るんだ、と口走っている時点で精神疾患を患っているんじゃないかってぐらいに気持ち悪いし、気味が悪い。
ひとまず、ここに留まり続けるとコンビニの店員が苦情処理目的で警察が来られるのはまずい。
とりあえず、場所を変えたほうが――
「きゃあああああああああ――――!!!?」
車にエンジンをかけようとしたとき、悲鳴が聞こえた。俺を含めた皆が動きを止めた。続けざまにコンビニの隣にある建物からスタッフさんらしき人物が出てくる。
「誰か! 警察と救急車を呼んでくれ! センターのトイレで人が死んでいる!?」
「何!?」
俺はすかさず、車のエンジンを止めて明澄に警察に電話を入れるように声を飛ばした。
「明澄! 確か、キミのお兄さんは警察官だったよな?」
「う、うん! すぐに電話する!」
明澄は慌ててはいるものの俺の言葉を冷静に受け止めて兄に電話をかける。
「明澄。車から出るなよ!」
「う、うん」
これほど強く言えば、車から出ることがないと思い、俺は車を出た後、キーロックして明澄を車に残した。
明澄を車に残す以上、急いで現場を保存しないといけない。現場の状況を把握しないといけない。とにかく、急がなければいけない。
俺がコンビニの隣にある店へ駆け込めば、店内はゲームセンターだった。規模は小さめだけど地域性に特化したゲームセンターだと思われる。周囲を見渡せば何人かお客さんがトイレの方へ駆け込んでいる姿が目に入るのでトイレがそっちにあると踏み、間を割って駆け込めばトイレの個室に女性が遺体となった便器に座り込んでいた。顔をだらんと垂れ下がっていた。
「皆さん、警察が来るまでトイレに近づかないでください。それと最初にいた位置に戻ってくれますか? くれぐれもこの建物から出ないようにお願いします」
俺が命令したり、陣頭指揮を取ったりして傍迷惑に思われるけど、ここで逃げたら警察に容疑者として重要参考人になってしまうのを未然に阻止したまでのことだ。
「あと、スタッフさん。警察が来るまで出入り口を封鎖しておいてください」
「あっ、はい!」
スタッフさんがいなくなったところで俺は死体の実況見分に入ろうとしたが、スタッフさんの入れ替わりで鈴木さんと一緒にいた大学生が入ってくる。
「あなた。やけに落ち着いているじゃない。この手の場面によく遭遇するの?」
「やたらとね。これでも自称探偵でね。遺体発見現場で推理してはよく犯人を暴いているものだ」
「へぇ~、探偵ね。もしかして、将来、私立探偵でもなる気?」
「いや、今でも私立探偵さ。まだ事務所を構えていないけどね」
俺は女子大生と駄弁りながらも遺体の見聞に入る。目にスマホのライトを当てると眼球に溢血点がある。
「目に溢血点か」
「ということは絞殺なの?」
「おそらくね。見て、索条痕がある」
俺が女性の首を見ると首を絞めた痕ともがいた痕跡がある縦線があった。
「死因は首を絞められたことによる窒息死……にしては、服が血だらけだな」
「うん。確かに妙ね」
俺と女子大生が遺体の胸からお腹にかけて服が血だらけなのが気になる。
すると、そこへ今度は黒髪ロングの女子大生と違う女子大生がカバンらしきものを持ってトイレに入ってきた。
銀髪アッシュブロンドに灰色の瞳をした女子大生。彼女が遺体に近寄り、手を合わせて合掌をしてから検視に入る。
「死因は?」
「首を絞められたことによる窒息死。目に溢血点があったのと首に索条痕があるから絞殺の可能性が高い」
「なるほど。にしては、服が血だらけね」
「俺もそこが気になった。悪いけど見てくれる。死体とはいえ、コンプラ的にまずかろう」
俺は彼女にお願いすると「任せて」と返答してくれたので検視を任せることにした。
少しだけ距離をおいて黒髪ロングの女子大生に話しかける。
「やけに手慣れているけど、親が検死官とか?」
「彼女は小さい頃からの幼馴染で名前は
「ふーん。それでキミの名前は?」
改めて、俺は彼女の名前を尋ねてみた。さっきは鈴木さんのせいで名前を聞きそびれてしまったからね。ここらで折り合いをつけておいたほうがいいと思った。
「私は
「あれ、キミも名海大学の学生だったのか。先程は失礼したね。俺は
俺は検視をしてもらっている女子大生に話をふっかける。
「私は
「ん? これからも、って?」
「私もそうだけど、四聖もよく事件現場に首を突っ込んではいろんなことを鑑定しないと落ち着かない性分。私も車を運転していないと気が落ち着かなくてね」
「だから、ドラテクがよかったのね」
やれやれ、変わった女子大生だこと。
「うわぁ~。こいつは惨たらしい」
「ん? どうした?」
何が惨たらしいのか。湊さんがシャツを切り裂いて胸や腹を見て顔色を歪めた。なので、俺も横から覗き見れば、なんとも痛ましい光景を目の当たりにする。
「なんだこれ? グロテスクにも程がある」
「それは同感よ」
グロすぎる光景に俺も顔を顰めた。
女性の胸が大きく切開されたまま残されていた。包丁が何かで切ったような痕があるものも極めて異様な死体。
しかも、女性の死体には臓器が摘出されている。
「心臓がないな」
「ええ、心臓だけがくり抜かれている。これは――」
「――猟奇的殺人」
大学に入って1ヶ月が経過したタイミングで俺は不可解な事件に遭遇するのだった。
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