Case.大女優は付けられている。

 名海大学は都会の喧騒とも田舎の静かさとも違う。でも、政令指定都市に近いのもあり、どこもかしこも喧しい。どこに行ってもクラクションが鳴っているというのはないけど、車の走行音が奏でている。車の群れに捕まっているのもあるけど、気が滅入っているのも事実だ。


「しかし、本当に車免許を持っているなんて……」

「一ノ瀬さんは免許持っていないの?」


 俺が名字で呼ぶと彼女はむぅ~とふぐのように頬を膨らませる。


「一ノ瀬さんじゃ、いや、昔のように明澄って呼んでよ」

「呼んでもいいけど、公私混同は弁えろよ。自分が大女優だってのを忘れないでくれ」

「むぅ~。大学にいる間まで大女優でありたくないもん!」

「ったく、わがままなところも変わっていないな」


 まあ、彼女がツンデレなことに変わりないけど――。


「うるさい」

「あっ、コラ!」


 ポカポカと叩くな。おかげで隣の車に接触しかけたじゃないか。ったく、助手席に座っているんだから、大人しくしてくれないか、明澄さん?


「さん付けはいいから」

「まだわがま――あぁ~、わかったわかった。明澄。俺が運転しているときは大人しくしろ」


 俺が一ノ瀬――いやいや、明澄って呼べば、彼女は絶句して黙りになる。妙に顔を赤くしているけど、気にしないでおこう。気にしている暇もなかったからな。

 ルームミラー越しだが、俺が車を出してから追随している車が1台だけある。

 2台後ろだが、問題な――。いや、そもそも、1台というのが早計だったな。それに今、春日市から那古野市に入ったところ。那古野の端っこといえど位置が位置なだけにちょっと危ないな。

 明澄が俺に頼み事をしてくる内容がグレーである以上、周りに気配りを持たないとな。俺は車を運転しながらも周囲を警戒し続けたまま走行する。




 一方で恭也と明澄が走行している車を2台後ろで走行している黒のレクサス。


「ったく、なんで私たちがあの車を追いかけないといけない??」


 私こと柳桐やなきり天音あまねは今、車を走らせている。というよりも追っているのよ。2台前の車――BMW・8シリーズ クーペを追いかけている。

 ――にしても、あの車……外車じゃん。しかも、スポーツカーとか金持ちね。口にすれば、後部座席に座っている司令塔をきっているバカの女子大生こと鈴木麻美さんがギャーギャー喚いている。


「何を言っている。明澄がどこかの馬の骨に連れてかれたら友達として心配するのは当然でしょ!」

「友達と言っても高校の頃からのつるみですよね? それって友達って言えるの? 一ノ瀬さんが鈴木さんをどう思っているのかわかっていないと思いますけど……」

「だまりなさい! これでも明澄のお父さんから頼まれたことだってことを忘れないでよ!」

「はいはい。わかっていますよ」


 私は2台前の車を追跡する。それよりも私だけであの車を追うのは無理ね。向こうはスポーツカーでこっちは一般車。エンジンの馬力が違う。燃料では同じくらいでも馬力が違うからカーチェイスになったら、確実に振り切られる。


『もしもし、聞こえる』

「聞こえるわ? そっちはどう?」


 右耳につけておいたインカムから連絡が入る。奇しくも鈴木さんバカに協力させられた私の友達を――。


『こっちも目標の車を補足したよ。四聖しじりも補足したらしい』

「そう。彼女の方にはしゅんくんが乗っているから。事故らないでよ?」

『もちろん、そのつもり……でも、目標の運転手。意外と頭が切れる。とっくに天音の車を気づいている。もしかしたら、私と四聖の方も気付かされているわね』

「そう」


 どうやら、目標の運転手はかなりのドライバーね。私の友達……四聖ことみなと四聖しじりと相方の峻くんこと霧隠きりがくれしゅんくん、バイクで追いかけている星奈ことつかさ星奈せいなに気づくなんて……


「とんでもない奴ね」


 まさか、鈴木さんバカの友達と一緒にいる学生が頭の切れる奴なんてね。つくづく、自分を呪いたくなるよ。


『今、那古野市に入っ――うそ!?』

「どうしたの?」


 私は目の端で捉えた。黒のBMW・8シリーズ クーペが反対車線を駆けていくのを――


「急に車線を変えたの!?」

『どうやら、そうみたい。まさか、俺たちが尾行けているのを気づいたとしか……』

「とにかく、四聖が追いかけて。星奈は先回りして……」

『うん。任せて』


 私は四聖の黒のクーペを追いかけるように指示する。さて、カーチェイスがお望みなら付き合ってやるぞ。




「…………」


 やはり、追いかけてくるか。左からバイクが近づいてくるのが見えたし、右からは白のレクサスが近づいてくるのが見えた。反対車線を変更させて通り過ぎた際、黒のレクサスを見たが運転手は女子大生か。なぜ、俺たちを追っているのかわからないけど、追いかけられるのは困るな。


「恭也。急に進路を変えてどうしたの? 大学に忘れ物でもしたの?」


 明澄は俺が春日市に引き返しているのが気になって仕方ないようだ。


「うーん。忘れ物と言うより、ちょっと気になることがあってな」

「気になること? あっ? あれって検問じゃない?」


 明澄に言われて、俺は車の速度を落とす。しかし、警察が検問しているなんてなにか事件であったのか?


「恭也。掲示板を見ていないの? 最近、那古野市と春日市を中心に変死体が発見したって……」

「そういえば、掲示板に張り出されていた。夜間の不用意な外出を控えるように、って……」


 変死体か。もしかして、入学式前に発見された、あの死体のことか?


「あっ、恭也。そろそろ、検問だよ」


 明澄に言われて、俺はパワーウィンドウを開ける。開けたら、警官が免許証の提示をお願いされた。俺はまだ初心者なので普通免許だが、無事故無違反はしっかりとしている。


「はい。間違えありません。協力ありがとうございました」

「いえ、そういえば、変死体が発見されたと聞きましたが、いつ頃、発生したのかわかりますか?」


 俺は好奇心が走り、警官に日時を聞いちゃった。そしたら、警官はいつ頃、発生したのか教えてくれた。


「3月終わりから、この1ヶ月で連続7件発生している。後はネットとかで調べてくれ」

「そうですか、ありがとうございます」


 俺は車を走らせて検問所を突破する。連続で7件か……多いな。連続殺人か無差別による連続殺人の可能性もあるな。


 ひとまず、事件の究明を急ぎたいが、後ろからつけてくる連中から逃げないとな。やれやれ、一難去ってまた一難とは…………


「ほんとに明澄は人気者だな」

「ふぇ!?」


 俺が突拍子もないことをほざいたから明澄が大きく驚いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る