第3話 飢えに唄えば
僕は重大なことを見落としていた。食糧だ。いくら食事量が減ったからと言って、全く食べなくなったわけではない。減少が緩やかになっただけだ。気付けば備蓄していた食糧も5分の1ほどになっている。あたりを探索したがダメだった。ほとんどが腐っているか、空っぽだった。こんなことなら例の森で食べられそうな草を摘んでおくんだった。とにかく、今日は学校とその近辺しか探索していないので、明日はもっと範囲を広げてみよう。確かここに来る途中に大型のショッピングモールがあったはずだ。そこなら希望が持てる。
……………
宣言通り、ショッピングモールに足を伸ばしてみた。色々あって上手くまとめ切れないかもしれないが、なるべく書き起こしてみる。
ショッピングモールの入り口は、シャッターが閉まっていて入れなかった。なので迂回して割れた窓から侵入した。ちょうどそこは服屋だった。そこから雑巾として使えそうなボロ布と、厚手のジャケットを拝借した。ジャケットは大人の男用のもので、今の僕が着ると、当たり前のように袖がぶかぶかだし、丈もふくらはぎの真ん中くらいまである。今日みたいな日には少し暑いが、今までのワンピースだけの格好よりは恥ずかしくない。話がそれてしまったが、僕は袖をまくって、さらに進んだ。どうやら1階は服屋が多く立ち並んでいるようで、あまりめぼしいものはなかった。停止したエスカレーターを上って2階へ進んだ。2階に上がると、さっきまでは気付かなかったが、何やら音が聞こえた。ギターを弾く音だ。よく聞くと、それに合わせて歌う男の声も聞こえる。僕はライフルに手を掛け、セーフティを外した。音のする方は上部。つまりは撃ち下ろせる相手が有利だ。しかし、上階のそいつは陽気に歌っている。まだ気付かれていないと踏んだ僕は忍び足で探索を続けた。2階には少し缶詰があった。大体は例の如く腐っていた。安全そうな缶詰を回収した僕はさらに上へとのぼった。このショッピングモールは全部で4階。3階に進んだ時点で声が上から聞こえるということは、奴は最上階にいることになる。僕は一層警戒を強めた。3階には…何もなかった。どうやら漁られたみたいだ。そして探索中、声が近づいていることを認識していた。ふと上を見ると、ギターのヘッドと人影が見えた。奴が声の主だと直感した。僕は気付かれないようにエスカレーターを駆け上がり、声の主を視認できる位置に移動した。男はアロハシャツにジーンズに丸メガネ。長い髪を後ろでまとめていて、こんな世界に似合わず妙に清潔感のある見た目だった。見たところ武器を持っている様子がないので、少しゆすって食べ物をふんだくろうと考えた僕は、ライフルを構えてゆっくりと近づいた。
「動くなっ!!」
僕は男に言った。男は演奏をやめて僕の方を見る。僕は続けた。
「これから僕の言うことに従うなら、命は…」
「素晴らしい!!」
僕の言葉を遮って、男が大声をあげた。あまりに危機感のない台詞に、僕は呆気に取られた。男がずかずかと近づいてきたので、再びライフルを構えた。
「う、動くなと言って…!」
また僕の言葉を遮った。
「その幼さを残しつつ、凛とした声…!まるでアルプスの雪解け水の様だ…!!いや、息も絶え絶えに砂漠を彷徨っていた時に見つけた、オアシスの水のよう…!!!」
僕は困惑した。さっきから何を言っているのか、理解ができなかった。そうして男は僕の肩を掴んで、たいへん興奮した様子でこう言った。
「君っ!!!僕とデュエットしないか!!?」
どうやらとっくに正気を失っているようだった。男がハッとした様子で僕から離れ、咳払いをした。
「…あー、すまない。急にデュエットしろと言われても、何を歌えば良いかわからないよな!」
「いや、そういうことじゃ…」
「だが安心したまえ!こんなこともあろうかと、曲をしたためていたのだ!僕が作った曲だ!きっと気にいるだろう!」
まるで話が通じず、僕は別種の恐怖を覚えた。彼は紙を手渡してきた。手書きの五線譜に楽譜が書かれていて、その上に歌詞が書いてあった。
「さあ、善は急げだ!なに、時間はたっぷりある!君と僕で空前絶後の歌声を響かせようではないか!」
あまりの勢いに、首を縦に振らざるをえなかった。
…気がつけば、日が暮れていた。僕の喉はとっくに枯れていた。男は満足そうにギターを抱えていた。
「いやぁー、やはり僕の見立ては間違っていなかった!君は千載一遇の美声の持ち主だよ!僕たちが組めば、間違いなく天下を取れる!」
陽気に話しかけてくる男に、僕は悪態をついた。
「…はっ、歌なんか歌って、何の役にたつのさ。そんな暇があるなら、ゴミ箱を漁った方が有意義だね。」
僕の嫌味にも、男は顔色ひとつ変えなかった。
「いいや?そんなことはない。現に今僕は、すごく気分が良い!…歌を歌ったおかげだよ。」
僕は呆れた。
「…自己満足じゃん。」
「そうさ。誰にも憚る必要がない。好きなだけ至福を満たすことが出来る。世界が滅びて、最初は戸惑ったけど…誰にも迷惑をかけることなく、好きなだけやりたいことが出来る。そう気づいてからは、とても楽しいんだ。」
相変わらず微笑を浮かべて、そういった…コイツは正気じゃないが、コイツの言うことは一理あると思った。だが、だとしたら大事なことを勘違いしている。それを指摘した。
「……僕、すごい迷惑したんだけど。」
本当だったら、僕は4階の探索を終えて、別のところに移っていたはずだった。それをコイツのせいで台無しにされたのだ。これが迷惑じゃないなら一体なんなのだろう。しかし、やつは僕の怒りを意に介さなかった。
「お互い、貴重な時間を共有できたんだ。そうカッカするなよ。」
僕はいっそうムカついた。
「誰のせいだと思って…!」
「ほれ。」
やつは唐突に僕に向かって袋を投げた。受け取ると、ずしりと来る重みがあった。開けてみると、中には缶詰やら水やらが入っていた。僕はまたも呆気に取られた。
「今日のギャラだよ。君のおかげで素晴らしい時間を過ごせた。」
僕は口ごもりながら
「ありがとう…。」
と言った。やつは微笑んだ。そして懐からおもむろに拳銃を取り出し……こめかみに押し当てた。
「楽しかったよ。最後に、誰かと歌えてよかった。」
「待っ…!」
僕は手を伸ばした。間に合わないとわかっていても。瞬間、銃声が響き、やつの頭から大量の血潮が吹き出し、脳が漏れ出した。数秒前まで人間だったそれは、物言わぬ肉塊と化した…僕は元軍人だ。死体なんて死ぬほど見てきた。でも、それらは、痛みに顔を歪ませているか、そもそも顔が吹き飛んでいるかのどちらかで、コイツみたいに、穏やかな顔をしているのは見たことがなかった。僕は肩を落としながら、ショッピングモールを後にした……今日は、食事を抜こうと思う。身体に良くないことはわかっているが、そんな気分じゃなくなってしまった。
終末世界と幼女になった僕 @mooooz
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