第31話 戦禍の王都

 エルガリアの守備についていたカザロスの軍勢は、人食いカラスの襲撃により大混乱に陥っていた。


「くそ!」


 ゴブリン王チーグは、悪態をつきながら、胸壁きょうへきのうえで見張りの任務についていたカザロスの元へと駆けつけた。


「いったいなんなんだ、こいつらは……」

「アドナ……」


 妹が鳥を使った魔法を研究していたことを知っていたカザロスは、この襲撃の主犯をすぐに知ることができていた。


「あのいかれた妹め」


 恨めしくつぶやいたが、空から襲いかかってくる危険なカラスたちに、ずっと身をかがめていなければならなかった。


「チーグ王、はやく室内へ! 街の住民にも外へ出ないよう、指示しなければ」


 そう言いながらも、この恐るべき黒鳥たちは、わずかな窓の隙間もこじ開けて室内にも入ってくるだろうと思っていた。


「俺もいろいろと本を読んだが……」


 カザロスの近くで地に身を伏せながら、チーグがひとり愚痴た。


「カラスというものがこうも狂暴だとは、はじめて知った」

「何らかの触媒か生贄かを使って、力を増した鳥になっていると思います。妹は、ずっとそういう魔法の研究をしていた」


 鳥の羽の音に負けじと、カザロスが言った。


「妹ね」


 チーグが呆れたようにつぶやく。


「俺も弟に殺されかけたことがあるが、人間もゴブリンと似たようなものだな」


 そのとき彼らは、黒鳥の群れが地上から離れ、空高く舞い上がったことに気づいた。恐る恐る身を起こし、月夜の空を見上げる。


 まるで、もうひとつの黒い空が、まくのように地上からめくれ上がっていくような光景だった。


「おお……こりゃ、絶景」


 チーグは自身の命の危険も忘れて、緑色の瞳を輝かせた。


 死の恐怖さえも忘れさせるような、凄まじい数の黒鳥たちの動き。まるで空が呼吸をしているかのように波打つ。


 そして、それまで不規則だったカラスたちの動きに、一貫性が生まれ始めたことに、カザロスは気づいた。嫌な予感が頭をもたげていた。


「アドナの奴……いったい何をする気だ?」





 浮遊レビテートの呪文で空に浮かび続けるアドナ・ブランウェンは、数千数万のカラスたちを意のままに操ろうと試みていた。そして、確実にコツをつかみつつあった。


「素晴らしい考えがあるから、試してみたいのだけど」


 つぶやきながらも魔法の維持に全神経を注ぐ。


 そして、カラスたちはそれ自体が一匹の大蛇のように、空中を波打って進み始めるようになった。カラスの群れはとぐろをまくように、アドナの周囲を旋回する。


「これだわ……」


 アドナは、天性の才能と感覚によって、さらに難易度の高い技に挑戦をする。


 蛇の頭のような形のカラスの群れの先頭部分が、青白い稲妻をまとい始めた。鎌首かまくびをもたげたかと思うと、獲物に襲い掛かるかのように凄まじい勢いで大地へ向かう。そしてそのまま、街をえぐり、無数の建物を破壊した。


 その軌跡を、すべてのカラスたちが追うさまは、まるで意志をもった一匹の大蛇だ。


「ははは」


 爽快な気分を味わいながら、アドナは笑っていた。


 いまなら、街をすべて破壊しつくせそうな、有り余る力を感じていた。


 蛇はふたたびアドナの周りで渦をまくようにしながら空へと舞い上がった。空高く舞い上がるにつれ、次の攻撃にそなえて再び頭の部分に稲妻をまといはじめる。

長きにわたって平和を維持してきた王都エルガリアは、未曾有の破壊を体験していた。


「ここまでできるとは、思っていなかった。こんな機会を与えたお姉ちゃんには、感謝しないとね」


 そうして、ブランウェン家の尖塔せんとうの方をじろりとみる。


「この力をもって、殺してあげる。お姉ちゃん」





 レジナルド・ハサンの死体を使って作られた死せる”ケンタウロス”を手間取ることなく倒したポーリンは、テラスから荒れ狂う大蛇と化したカラスの群れをみつめていた。その姿は、ドラゴンよりもさらに大きい。


「呆れるほどの、凄まじい才能……」


 ポーリンは、感心と、悲しみの入り混じったような声でつぶやいた。


「けれども、それは失敗ね、妹よ」


 ポーリンは、ローグ・エラダンが言っていた言葉を思い出していた。


 曰く、


 けものさえ準備できれば、それを大量に召喚することは、そう難しくない。触媒を使ったり、何らかの制約を付与することで、召喚魔法の威力を高めることも可能だ。けれども、多数の召喚獣しょうかんじゅうを意のままに操るためには、けた違いの魔力が必要になる。それが難しいのよ……


 いかに特別な血脈であり、底知れぬ才覚にあふれるとはいえ、アドナ・ブランウェンも人間。その魔力には限度がある。


 召喚したカラスたちが自由に飛び回っている分には、アドナへの負担はない。けれども、無数のカラスたちを意のままに制御するための負担たるや、絶大である。ましてや、稲妻の魔法を併用するという離れ技までやってのけている。


 それは、火に油を注げば炎が赤く燃え上がることに気づいた子どもが、夢中になって火を燃え上がらせようとしているに等しい。注ぐべき油は、無限ではない。


「私が影の魔法を過信したように、あなたも自らの才能を過信しすぎた」


 床に散乱する砕けた石を踏みしめて、ポーリンはテラスの突端とったんへと進んだ。緩やかな夜風が、上質な黒いローブをはためかせた。


「アドナ・ブランウェン、哀れな子。あなたの全力を、私が受け止めてあげましょう」

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