第29話 つかの間の勝利と、来たるべき逆襲

 コヴィニオン王国は、長きにわたって平和を享受してきた。


 山脈を背に立つ王都エルガリアも、その建物の多くは古く、何百年も経つものもある。それは、戦火に飲まれたことがない証でもあった。


 しかし、レジナルド・ハサンの叛乱が起こってからの数ヶ月、エルガリアは惨禍さんかの中心であった。


 レジナルド・ハサンの統治は苛烈を極めた。彼に逆らう王族・貴族・騎士たちは、見目の良い女性を除いて皆殺しにされた。ハサンに逆らう者は、一般市民であっても処刑された。公然と逆らう者だけではない――ハサンの統治を積極的に賞賛しない市民は、「反逆の徴候あり」として、血祭りにされた。それを判断するのは、街に跋扈ばっこする傭兵崩れや元山賊、ならず者たちである。人々は家に閉じこもり、目立たぬようひっそりと生活することを余儀なくされた。


 うるわしのエルガリアは、魂のない抜け殻のようになっていた。


 ギヨム卿とゴブリン王チーグに率いられた軍勢が、エルガリアを解放したのは、ちょうどナルネイの野の戦いが起こっている最中であった。


 ハサンの統治に絶望していた人々は、彼らを英雄として迎えた。


 人間たちから罵声ばせいを浴びせられることを覚悟していたチーグにとってみれば、拍子抜けするような瞬間であった。


「ゴブリン王の俺が、ゴブリンの軍勢を率いて、コヴィニオン王国の首都エルガリアで歓迎されている」


 リフェティにいるときであれば、冗談にしか聞こえないであろう事実を、チーグは少し可笑しげに思いながら噛みしめていた。


 数日後、カザロス率いるブランウェン公軍の本隊の残存兵がエルガリアに到着すると、人々はさらなる熱気を持って出迎えた。


 ガザロスとチーグは喝采の中で拳を付き合わせ、沈着冷静なギヨム卿もほっとしたように表情を緩めながらそれを見守っていた。


「だが、これはまだ勝利ではありません」


 カザロスは、戒めるようにチーグの耳元でささやいた。


 彼は、恐るべき双子の妹を甘く見ていなかった。


 狂気を宿す悪の魔女は、その命のある限り、彼らに災いをもたらし続ける。そのことを、誰よりも良く理解していた。


 逆襲は、必ず行われるだろう。


 カザロスはそう確信し、来るべきときに備えて見張りを絶やさなかった。背後が険しい山脈に守られているため、彼らが注意を向けるのは南の平原側だ。もっとも、ナルネイの野で多くの兵を失ってしまった彼らの人員は限られており、兵士の配置にも苦慮する状態であった。


 そしてある夜、逆襲のときは来た。


 それは城壁から目を凝らして見張りをしていた南の平原側からではなく、北の山脈側から行われた。


 通常であれば、険しい山の岸壁からの攻撃は不可能であろう。


 けれども、攻撃を加えてきたのは、翼をもつ者たち――狂暴な黒鳥の群れだった。


 エリガリアの都は、無数の黒い翼によって覆われた。


 死肉を食らう黒鳥たちは、彼らを使役する主の魔法の力によって強化され、生者の肉も食らうようになっていた。


◆◆◆

カザロス・ブランウェンの挿絵その2

https://kakuyomu.jp/users/AwajiKoju/news/16818093081969146703


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