第28話 悪の魔女
ブランウェン家の女子には、先祖代々特別な力が受け継がれると伝説にあるが、その力ゆえか、時に不安定さを発露する者が現れる。
アドナ・ブランウェンは、特別な力と、特別な不安定さの発現者であった。
魔力と引き換えに、その良心を双子の兄に渡してしまったとしばしば言われる。
ブランウェン家の待望の女児として生まれたアドナだったが、幼少期からその高い魔力を評価されていた。
「あなたは特別な子」
はじめはみながアドナを愛した。
けれども、少しずつ「おかしい」と感じられるようになるのにあまり時間はかからなかった。
彼女が五歳のとき、友だちと人形の取り合いになり、
母がかけつけたとき、死んだ友だちの傍らで、アドナは人形で遊んでいた。まるで、死んだ友だちなんていなかったも同然であるかのように、楽しげに。
責められたアドナはけろっとして答えた。
「壊れちゃったの。このまえ捨てた、おもちゃと同じ」
母は
人を殺してはいけない。
「どうして? 私は、〈特別な子〉じゃないの?」
アドナは心の底から、その倫理観を理解することができなかった。
何人もの専属の教師をつけたが、多くの教師たちが手に負えず逃げ出した。口論となり、大けがをさせられた者もいた。さらには、彼女の無邪気で邪悪な「実験」の題材とされてしまった者もいると言われている。「
やがて、アドナに近寄る者は、母と、ごくわずかな乳母たちだけになってしまった。
アドナは暗黒の呪文書を読みあさり、失われた太古の邪悪な神について、研究を行うようにもなった。
歪んだ精神を正すことができないままに、アドナは成長していった。
「うすのろと話すことなど、何もない」
一見可憐な少女であるが、
病気がちだった母は、最期の希望をかけて、アドナに縁談を持ちかけた。恋でもすれば、少しは心も変わるかもしれない、そんな甘い希望だった。アドナが十五歳のことである。
相手は名門コーウェル家の二十歳の美青年。
アドナの美貌に頬を紅潮させていたが、ただ一度の食事を終えたあとにその顔は青ざめていた。
「あいつは、狂っている……」
臨終の床にあった病の母は、アドナを呼びつけた。そして、命を賭して、娘を正道に引き戻そうとした。
「コーウェル家との縁談が上手くいけば、あなたの子がコヴィニオン王国の王になる道も開けたでしょう。なのにどうして、あなたは人を遠ざけるの?」
「母さんの願いは、たかがそれだけのものなの?」
アドナは死の床にある母を前にしても、けらけらと笑いながら答えた。
「心配しないで、母さん。ブランウェン家の女児は、特別な魔法の力を伝える。それは良く理解している。だからこそ、こんな退屈な国などどうでもいいの」
死を目前にした母の顔から、
「私は〈特別な存在〉。だからこそ、人生を賭けた壮大な実験がしたい。命題は、『我が子は世界の王となるか否か』」
「……世界の王?」
「そう。私の役割は、世界の王たる者の母。だから、我が子の父になる者も、選ばなければ」
「……それはつまり、戦争を起こす気なの?」
“戦争”という言葉を聞いて、アドナはつまらなそうに肩をすくめた。
「さあね、それも成り行きね」
「それよりも、まずはこの国の平和と
「ああ……つまらない」
アドナはため息をついた。
「けれども、本当は母さんも分かっているはず。ブランウェン家の血脈は弱り、果てかけていた。だからこそ、母さんも王国内の縁談を蹴って、サントエルマの森からやってきた優秀な魔法使いを誘惑したんでしょう?」
「……なんということを言うの?」
死の病床にある母の頬を涙が伝った。
アドナは母の手を握り、力強く言った。
「心配しないで、私が全部うまくやるから。ブランウェン家は、偉大な力を取り戻す」
最後まで噛み合わない我が娘とのやりとりに絶望しながら、母は腹違いの夫の娘がいることを思い出していた。
そうして、臨終の間際、母はカザロスに全てを託すことにした。
『困ったことがあったら、サントエルマの森にいる姉を頼りなさい』
母の死後、アドナ・ブランウェンはコヴィニオン王国を
そして、暴竜レジナルド・ハサンとともにコヴィニオン王国へと戻ってくることとなるのである。
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