第23話 魔法の道の頂

 〈光と影の地平線〉からその様子を見ていたポーリンにも、戦いの潮目が明らかに変わったことは良く理解できていた。


 カザロスが率いる軍勢は、総崩れとなった。


 背を向け逃げ惑うカザロスの軍の兵士たちを、ハサンの軍勢が後ろから追いかけ槍を投げつけて殺していった。


「なんてこと……」


 ポーリンは自身が戦場にいないにも関わらず、恐怖した。


 せきが切れて水が流れ出るかのように、ハサン軍がカザロスの軍を飲み込んでいく。この流れを押し返すのは、どうやっても無理なことのように思えた。


「どうしましょう、何とかしなければ」


 ポーリンの心は、強い焦燥感にとらわれた。そうする間のも、洪水のようにハサン軍は弟の軍を侵食していく。


「何とかしなければ!」


 もはや手段を選んでいることはできない。彼女の魔力、知識、集中力、そして〈光と影の地平線〉に残されたファーマムーアの力の残渣ざんさ、全てを総動員しなければならないという、強迫的な思いが彼女の心を突き動かした。


「ファーマムーアならできるはず」


 ポーリンはぶつぶつとつぶやきながら、〈光と影の地平線〉の深層にある魔力の流れを感じようとした。


「ファーマムーアなら、できるはず」


 何かに魅せられたかのようにポーリンは繰り返した。


「大丈夫か、ラザラ・ポーリン?」


 間近で事の推移を見つめていた”影の魔王”が、たまりかねて声をかけたが、もはやポーリンの耳には聞こえなかった。


 ポーリンの瞳が影に支配され、深い集中状態に入るとともに、〈光と影の地平線〉は地響きをあげて揺れはじめた。


「おいおいこれは……」


 ”影の魔王”は、おそれに満ちてつぶやいた。


「あのとき以来ではないか」


 その言葉は、ポーリンの前にむなしく響いた。


 後にも先にもこれ以上ないほどの高揚感に包まれながら、ポーリンは〈光と影の地平線〉との一体感を感じていた。


 影の魔法を研究する過程で行き詰っていた、迷宮の地下の奥底にある開かずの扉を、ついに開いた気がした。


「……この感覚」


 ポーリンは全能感に包まれながら、目を開いた。彼女が学び、研究し、追い求めてきた魔法の道……ついに、そのいただきに到達したのだと確信した。


「いまなら、何でもできそうな気がする」

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