第18話 永劫の監獄

(ここまでのあらすじ)


 サントエルマの森の大魔法使いラザラ・ポーリンは、今まで存在さえ知らなかった「弟」を名乗る者からの手紙を受け取り、真実を求める旅に出る。彼女は、コヴィニオン王国で、腹違いの弟と、その双子の妹、さらには生まれたばかりの姪がいることを知った。弟のカザロス・ブランウェンは、ブランウェン大公家の唯一の生き残りの男子であり、王座の簒奪を企む”狂気の暴竜”レジナルド・ハサンとの内戦の真っ最中にあった。彼女は、劣勢な弟のために、旧知のゴブリン王に援軍を依頼した。

 一方、妹のアドナ・ブランウェンは良心を持たぬ邪悪な魔女であり、ハサンと共謀していたことも知る。そして、生まれたばかりの娘、すなわちポーリンにとっての姪っこを、「実験」と称し邪悪な儀式に使おうとしていた。姪を救うため、単身王都エルガリアへ乗り込んだポーリンであったが、アドナの罠にはめられ、魔法の秘宝アーティファクト、”永劫の監獄”に捕らわれてしまうのであった。


――――――――――



 ポーリンは、今まで感じたことのないような不自然な滑らかさをほほに感じて、目を覚ました。


 どれくらい気を失っていたのか分からない。最後に覚えているのは、カラレナの寝台の足下の鳥かごに吸い寄せられていって、闇に飲まれること……。


 くらくらする頭を押さえながら、彼女は身体を起こした。


 彼女は、巨大な鳥かごの中にいた。足下の床は、黒光りする滑らかなものだ。黒曜石こくようせきのようでもあったが、自然のものならざる力を感じた。


 ここは、魔法の力で構成された空間……どうやら、彼女は魔法の「鳥かご」の中に捕らえられてしまったらしい。


 “永劫の監獄”、アドナ・ブランウェンは、そう言っていた。竜や悪魔であっても捕らえることができるという。無機質な点を除けば、ドーム状の天井を持つ教会の聖堂にも似ていた。


 どんな罠を仕掛けられたとしても、それを正面から打ち破る自信があったが、今回はアドナが上手であった。まさか、ファーマムーアの墳墓ふんぼから持ち出した魔法の秘宝アーティファクトを使うとは。

 

 彼女は目頭を押さえながら立ち上がると、よろめきながら鳥かごのさくへと近づいた。それは、自然のものならざる力で作られた鉄格子のようであった。


 柵の隙間から、彼女は外の景色を眺めた。


 外に広がるのは、永遠の薄明はくめいのような無機質な世界――空は薄くオレンジ色に光り、大地は影で作られた砂漠のようであった。それが、どこまでも続いている……無限の彼方かなたまで。


 色彩の希薄な、広大な空間。彼女は、この風景に見覚えがあった。


「〈光と影の地平線〉……」


 その声は、なつかしさ以上に、虚無感が満ちていた。


 〈偉大なる探求心の主〉とも呼ばれる伝説の大魔法使いファーマムーアが創造した異世界。世界中の影をつなぎ止め、支配するために作られた場所だが、今やほとんどの魔力を失い抜け殻となった空間。若き日の彼女が、影の魔法を手に入れた場所……


 “永劫の監獄”が、ファーマムーアの創造した魔具まぐであるとするならば、捕らえた者を〈光と影の地平線〉へ送り込むというのは、自然なことのように思えた。この忘れ去られた異世界は、まさに永劫の監獄を置くのに相応しいだろう。


 地平から足下へ視線を移した彼女は、この“鳥かご”が宙に浮いていることに気づいた。足下には漆黒しっこくの巨大な穴があり、古い街の残骸ざんがいのようなものの”影”が沈んでいた。


 サントエルマの森の魔法使いとして、さまざまな驚異を目にしてきた彼女であるが、この光景には思わずぞっとした。


 足下の穴は、永遠に光が差すことのない魂の墓場であるかのように、影の世界からさえも忘れ去られた場所のように思えた。


 彼女は数歩後ろずさり、深呼吸をした。


 恐ろしい……久しぶりに感じる感覚。けれども、希望はある。なんと言っても、彼女は影の魔法の使い手なのだから。


 彼女は呼吸を整え、古代の魔法の呪文を口にした……が、影の魔法は効果を示さなかった。彼女は首をかしげたが、嫌な予感が徐々にこみ上げつつあった。彼女にしては珍しいことであるが、背筋に冷や汗がにじむような感覚を覚えていた。


「“影の魔王”、どこにいるの?」


 声を出す。けれども、何も答えない。


 若き日に、〈光と影の地平線〉へやってきたときとは違う感覚……この“鳥かご”は、〈光と影の地平線〉からも隔絶されているのだろうか?


 彼女は改めて呼吸を整え、今度は火を起こすごく初級の魔法の呪文を口にした。すると、炎は現れた。


「なるほど……」


 彼女はぞっとする感覚を押さえ込むように大きく息をつきながら、つぶやいた。火の魔法は使えるが、影の魔法は封じられている。すなわち、“影の魔王”と意思疎通をすることはできない――〈光と影の地平線〉にいるにも関わらず。


 “永劫の監獄”の名は、伊達ではないのだと思い知った。

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