第15話 王都潜入

 コヴィニオン王国の王都エルガリアは、けわしい山脈を背後に、南側の野に向かって発展した街であった。


 山脈に寄り添うような王城の尖塔せんとうは天をつき、王城の周りにはいくつかの門がある。そこから放射状に石畳の道が伸び、その道に沿って街が発展していた。そして、街全体を取り囲む、背の高い頑丈な城壁がある――辺境の小国の首都にしては、立派なたたずまいの街だ。


 それは、エルガリアが長きにわたって歴史をつむいできた証でもあった。


 けれども、立派な街並みとは裏腹に、いまの街路に人影はほとんどなく、活気は感じられない。レジナルド・ハサンの統治が数ヶ月に及び、反抗的な者の多くが殺されるか、投獄された。いま、街に暮らしているのは、苛烈かれつな統治にも上手く折り合いをつけながら、下を向いて生活することを覚悟したものたちだ。


 王都に潜入してすぐに、ポーリンはそれを感じ取っていた。


 彼女は影にひそみ、慎重に情報を集め、行動した。


 街の最奥にある王城は、天守と、それを取り囲むような四つの尖塔で構成されていた。どうやら、アドナ・ブランウェンの幼子がいるのは、北東の塔……それを把握した彼女は、城内へ向かう衛兵の影に沈み、王城の門をくぐった。


 城内は驚くほど手薄だった。衛兵よりも、使用人や料理人の方が多いくらいだろう。


 さもありなん、いまレジナルド・ハサンは、持てる戦力のほとんどを引き連れて、カザロスを討つために戦いに出ているのだから。


 彼女の意識は、次第に「如何に潜入するか」ということより、狂気の魔女と呼ばれる「妹との対面」に向いていった。


 行き交う人々の影を渡り歩き、彼女は北東の塔へ料理を届けに行く使用人の影に潜む。その塔の入り口の大扉には、ブランウェン家の紋章もんしょうが刻まれていた。王家を支える四つの大公家、その一つずつに尖塔が割り当てられているのだと、ポーリンは理解した。


 応接室をくぐり、使用人たちのための小部屋を左右にみて、二階へ上がる。


 二階はひときわ広めの謁見室えっけんしつのようになっていた。謁見室の右奥の扉を開けると、塔の外壁に沿って作られたと思われる長いらせん階段が続いていた。使用人の足音が、らせん階段の上下の空間へと響き、消えゆく。


 しばらく階段を登ったところで、再びブランウェン家の家紋が刻まれた木扉へと突き当たった。使用人は扉を開き、中へ足を踏み入れた。


 中は、広く明るい部屋だった。


 壁際かべぎわには暖炉だんろがあり、まきに火がくべられている。暖炉のまえには、動物の皮を敷いて作られたソファーと、石の机。暖炉の反対側の壁は本棚になっており、たくさんの本や、恐らくは呪文書が並んでいた。


 暖炉のある部屋の奥には、さらに空間がありそうだったが、使用人が足を踏み入れたのは、暖炉の前までだった。食事を石の机の上に置き、静かに部屋を去った。


 ポーリンは密やかに部屋に残った。

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