第14話 太古樹と魔導会議

 サントエルマの森では、魔導会議まどうかいぎが開催されていた。


 魔導会議とはサントエルマの森の最高意志決定機関で、森のおさであるローグ・エラダンと、上位師ハイ・マスターの称号を持つ七人の最上位魔法使いで構成される。


 といっても、今回は上位師ハイ・マスターのひとりであるラザラ・ポーリンが欠けていた。そして議題は、まさにそのことに関してであった。


 会議が開催される場所は何カ所かあるが、今回は〈太古樹たいこじゅ〉と呼ばれるつたの葉がからみあった魔法の巨木が会場であった。


 〈太古樹〉も、サントエルマの森の驚異の創造物のひとつ。魔法の生命を宿した樹木は、人が乗れる葉を伸ばす。八枚の大きな葉が、木の幹の周囲で花弁を開くように集まり、その上には会議に参加する魔法使いたちが乗っていた。


 その葉は乗り手の意思に従って自在に動き、たとえばローグ・エラダンを紫苑しえんの塔最上階の部屋まで送り届けることも可能だ。


 会議の口火を切ったのは、ダリス・ビュアーという五十歳代の魔法使いであった。風を操る魔法を得意とし、かつては次代のサントエルマの森の長の最右翼と言われていた実力者である。


「ラザラ・ポーリンが、コヴィニオン王国の内戦に関与している疑いがある」


 ビュアーは重々しい声で言った。


「これは、サントエルマの森のおきてに対する、重大な違反行為では?」

「……わざわざ監視とは、ご苦労なことで」


 小声でぼそりと言った人物がいたが、その声は思いのほか筒抜けであった。ビュアーがじろりとその人物をにらむ。


「なにか言ったか、クレイ・フィラーゲン?」


 クレイ・フィラーゲンは白いローブに身をまとう、三十二歳と最年少の上位師ハイ・マスターであった。まだ若いが白髪で、まるで竜のような彫りの深い顔立ちをしていることから、しばしば〈白髪はくはつ美丈竜びじょうりゅう〉と呼ばれる。


 黒い森の戦いで、裏切り者の討伐と、竜殺しをなし得たことは伝説となりつつあり、三十三歳のラザラ・ポーリンとともに次代のサントエルマの森の長を争う若き天才であった。


 ダリス・ビュアーは、ポーリンとフィラーゲンがやって来て以降すっかり目立たなくなってしまったため、二人に深い嫉妬心しっとしんを抱いているということは公然の秘密であった。


「……何を言ったと思いますか、ビュアー師?」


 フィラーゲンはむしろいたずらっぽく問い返した。


「……私の悪口でないことを願うばかりだよ」


 ビュアーもやり返す。


 ここで、にゃーん、と猫の鳴き声がした。ローグ・エラダンが抱いている猫が、声を発したのである。


 これは静粛を求める木づちの代わりだ――ということが真実かどうかは分からないが、大抵の者はエラダンの猫のまえに沈黙するのが習わしとなっていた。


「……まあ、ゴヴィニオン行きを許可したのは、私だしなぁ。もう少し様子をみてはどうかの?」


 エラダンが猫の頭をなでながらしみじみと言う。


「いや、我々が政治や軍事に関わるのは絶対的な禁忌きんきである。疑いであっても軽視しえない。それを放置すれば、いずれこの静かな研究の場が失われる恐れすらある」


 そう言ったのは、灰色のひげを蓄えた緑色のローブの老魔法使いヨシュア・ヒューゴだった。魔法の触媒研究に生涯を捧げた人物で、誰よりも原理原則を重んじる、別の言葉で言えば頭の堅い人物として有名であった。


 ビュアーが満足そうにうなずく。


「その通り。少なくとも、サントエルマの森の掟に対する違反行為の疑いはある。彼女の無謀を阻止するために、討伐隊の派遣を提案いたします」

「いくらなんでも、いきなり討伐隊はやり過ぎでは?」


 フィラーゲンが反論する。


「ロスロナスのときも、一年近くの調査を行ったのに?」

「ふむ」


 エラダンは相変わらず猫の頭をなでている。


「ロスロナスのときとは質が違う、フィラーゲンよ。内戦そのものに関与しているとするならば、それを止めるのは火急かきゅうの用件だ。影響が計り知れない」


 ヒューゴが厳格に言う。


「その通り」


 ヒューゴの味方を得たビュアーはいっそう強気に言った。


「にゃーん」


 猫が鳴く。


 だがフィラーゲンは食い下がった。


「ラザラ・ポーリンのような賢明な人物が、むやみにサントエルマの森を危険にさらすようなことをするとは思えませんが」

「にゃーん」


 フィラーゲンは不服そうに押し黙った。


 エラダンが口を開く。


「サントエルマの森が危険にさらされることを示唆する〈予見よけん〉は、いまのところ得られていない。だが、みなの言うことにはそれぞれ一理ある」


 猫をなでながら、参加者をぐるっと見回す。


「よって、提案する。調査のために、クレイ・フィラーゲンを派遣する。ただし、あくまでひそかに調査を行うこと。白黒がはっきりするまで、ラザラ・ポーリンへの接触は、禁止する。もしも、ラザラ・ポーリンが掟に反するような行為を示した場合、捕縛ほばくし、ただちに連れ帰ること」


 エラダンは猫をおろした。猫は、太古樹のくきを華麗に飛び移りつつ、フィラーゲンのもとへとやってきた。その口には、黒い猫の顔を形どったバッジがくわえられていた。


 〈猫の目〉と呼ばれる魔法の道具――それを通して、ローグ・エラダンは起こったことを目撃する。つまり、フィラーゲンは、エラダンに監視されるというわけだ。


「〈猫の目〉を見せれば、恐らくラザラ・ポーリンもそなたに従うであろう」


 フィラーゲンは、猫のバッジを受け取り、白のローブの胸元にくくりつけた。


「これで良いかな、皆の衆? 異論がある者がいれば、葉を上げよ」


 エラダンは穏やかな声で言った。


 反論する者はいなかった。そうして、魔導会議は終了した。


 フィラーゲンはひとり、最後まで議場に残り、猫の目のバッジをなでながら考え込んでいた。


 先ほども自らが発言したように、ラザラ・ポーリンは賢明な人物だ。けれども、時に激しい感情に従うことがある。それが仇になるような境遇にいなければ良いが……と、一抹の不安を禁じえずにいた。

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