第13話 開戦前夜:ハサン軍

 同じころ、敵からは憎しみを込めて”狂気の暴竜”とも呼ばれる〈傭兵王〉レジナルド・ハサンは、進軍の馬上にいた。


 背後に率いるのは、二千人ちかくならず者たち……だが、彼が頼りとするのは、自らの豪腕のみ。その自信を裏付ける体躯たいくは人間離れした巨漢で、遠くから見たら重武装のオーガが馬に乗っていると勘違いする者もいるだろう。


 ひとりのゴブリンが馬を寄せてきて、ハサンにある報告をもたらした。


「ゴブリン王が率いる軍勢が、敵に加勢するべくこちらへ向かっているそうです」


 そのゴブリンは、こうめられるのを期待してか、うれしそうに言ったが、ハサンはあまり興味を引かれない様子で、馬を止めずに進んでいた。


 ハサンの邪悪な思考は、次の戦いの勝利後に向いていた。


 大公家の男子をひとり残らず抹殺する。そして、大公家の全ての婦女子に自分の子を産ませる。それでこそ、コヴィニオン王国を完全に我が物にできるというものだ。


 そこで問題になるのが、油断ならぬ魔女のアドナ・ブランウェンとその子ども……今は協力関係にあるものの、いずれ始末しないといけないときが来るだろう。


 そのときの策をっておく必要がある。ハサンにとって、次の戦いに勝利することは、当然のことであった。


 そんな思考を露知つゆしらぬゴブリンは、巨躯きょくの馬に置き去りにされないよう、馬の歩を早めながら熱っぽく続けた。


「その情報は、俺の昔のツテを辿たどって得た貴重なものです。どうやら、我々の背後を急襲つもりだとか」


 ここでようやくハサンはゴブリンに目を向けたが、底なしの冷たさをたたえた黒い瞳に、興味の色はひとつもなかった。ゴブリンはおかまいなく続けた。


「この情報を俺がつかんでいることは、ゴブリン王チーグは知らないはずです。そこで、どうでしょう? 俺が、ここのゴブリン兵たちを連れて、逆にゴブリン王国軍を急襲する。俺は、ゴブリン王チーグと少し因縁があるんです、閣下。必ずや、ゴブリン王の軍を混乱させ、使い物にならなくしてくれましょう」

「ええと、おまえは……」

「ダンです、閣下」


 ゴブリンは意気揚々と答えた。


「そうか、せいぜい頑張れ。俺としては、ゴブリン王国軍とやらがやってきても、一向に構わないがな」


 空気さえも震え上がらせるような、低く太い声でハサンは言った。


「はっ」


 かつてチーグの帰還を阻み、のちに王国を追放されたダンは、待ちに待った復讐のときに胸を躍らせながら答えた。

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