第12話 開戦前夜:ブランウェン公軍
カザロス・ブランウェンは、
そんななか、喜ばしい誤算があった。ハサン軍に破れ死んだと思われていた
村のはずれの広場に、天幕を立てて急ぎこしらえた本営で、作戦会議が行われた。
参加したのは、カザロス・ブランウェンとその直属の部下二名のほか、十人の大騎士、そしてハサンの暴政から逃れてきた人々からの志願兵の代表者の合計十四名である。
「ニルグ、みんなに状況を説明してくれ」
カザロスが部下にそう指示し、会議が始まった。
「ここカルローの村には、ハサン軍に追われた人々が集っています。ロンディス卿をはじめとして、命を落としたと噂されていた方々も駆けつけていただき、どうにか六百人ほどの兵を集めることができました。これから我々は、カザロス・ブランウェンの名を
熱っぽく期待を込めて言葉の続きを待つ者、互いの顔を見合わせる者、全く無表情の者……人々の反応は様々だった。
「対するハサンは、我々を迎え撃つべく王都エルガリアを進発し、ルグドの街へ向かっています。その数は、およそ二千」
「光栄だね」
先ほど名の上がったロンディス卿が陽気に言う。戦いの傷は未だ癒えず、まだ身体の各所には包帯を巻いているような状態であるが、その明るい声は
「我ら敗残兵相手にも、いっさいの手抜きなしとは」
「……それもあると思いますが、手下を信用していない可能性もあります。手下の多くは野蛮な連中だ、目の届く範囲においておきたいのでしょう」
ニルグが補足をする。
何人かの騎士が納得の意を示すように、深くうなずいた。
「我々は、六百の兵をナルネイの野に展開し、ハサン軍をおびき出します。決戦の地はナルネイの野です」
ニルグはそう言ってから、ちらりとカザロスを見た。カザロスはうなずく。
「カザロス公は、このたびゴブリン王国の援軍を得ることに成功しました。我々がハサン軍と正面から戦っているところに、背後からゴブリン王国軍に急襲してもらいます。敵が動揺したところで、一気にハサンの本陣をつきます」
「……ゴブリンなどの助力を借りねばならぬとは、我々も落ちたものだ」
頭をつるつるに刈り上げているガルフレッド卿が不機嫌そうに言った。
もともとは名門のコーウェル大公家と関係が強く、
「ならあんたはこの村に残るがいい、ガルブレッド卿。ハサンの首は、俺がもらう」
ロンディス卿が威勢良く言う。ガルフレッド卿はジロリと若い騎士を見た。
「だが、ゴブリン以上に気に入らぬのは、レジナルド・ハサンだ。ハサンを討つのは、私の役割だ」
ガルフレッド卿の怒気をはらんだ言葉に、ロンディス卿は口を
ここでカザロスは静かに口を開いた。
「ハサンは恐るべき戦闘力の暴竜だ。奴に勝つためには、コヴィニオン王国随一の槍の使い手とされる、ガルフレッド卿の力が必要になる。頼みますよ」
カザロスの言葉に、ガルフレッド卿は気まずそうに唇をゆがめ、小さくうなずいた。
ギヨム卿が挙手をする。
「いや、まだ私は懸念を
ギヨム卿はコヴィニオン王国への忠義厚い騎士で、どこの派閥にも属していない。忠義ゆえにカザロスに力を貸しているが、盲信はしておらず時に異論も唱える。
その実直な人柄から、カザロスが信を置く騎士のひとりであった。
「私も、全く同じことを考えていた」
カザロスは言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。
「けれども、ゴブリン王チーグは、僕たちが想像するゴブリンたちとは全然違った。立派な男です。少なくとも、レジナルド・ハサンよりは名誉を知る人物。戦いが終わった後には、胸を張ってあなた方にも紹介することができるでしょう」
「……あなたがそうおっしゃるなら、信じましょう。というより、正直なところ、他に手もない」
ギヨム卿は小さくうなずくと、腕を組み静かに目を閉じた。
恐らく、
ここで、ニルグが挙手をした。
「あのう、カザロス公。大魔法使いである姉上は、戦いに加勢はしていただけないのでしょうか?」
「……もう十分に加勢してくれたさ」
カザロスは穏やかに言った。そして、ひときわ力強い声を作る。
「それに、これは僕たちの戦いだ。コヴィニオン王国の戦い。僕たち自身が、自らの力で切り開く覚悟を持たなければ」
「そうだ!」
何人かの騎士が賛同の声を上げた。
カザロスは、いつもながらのくせのある皮肉っぽい表情を浮かべたが、賛同の声を上げなかった諸侯らを見回し、強い決意を新たに唇を結んだ。
「正直なところ、僕が諸侯らを率いるに足る器であるとは思いません。仕方なく
落ち着いた穏やかな声音で言う。
ガルフレッド卿をはじめ、数名の騎士が居心地悪そうに身じろぎした。
「けれども、これは僕を王にするための戦いではない。コヴィニオン王国の存亡をかけた戦いです。僕が王たる
ここで、カザロスは声音をひときわ強くした。
「まずは、暴竜レジナルド・ハサンを倒すことに集中しましょう! 僕はそのための
「コヴィニオン王国に、栄光あれ」
先ほどよりも多くの騎士たちが次々に腕をあげ、繰り返した。ガルフレット卿も仕方なく、拳を小さく握りしめて唱和した。
そうして、作戦会議は散会となった。
諸侯らは互いに励まし合いながら天幕を去ってゆき、最後にはカザロスひとりが残った。
カザロスの影が膨張し、それが実体化してラザラ・ポーリンの姿が現れる。
「どうだった、姉さん?」
カザロスがいたずらっぽく聞いた。
「剛毅さという点では物足りないけれど、年上の諸侯を率いる二十三歳としては良くやったのじゃないかしら」
ポーリンは満足そうに答えた。
「それなら良かった」
カザロスはそう言ってから、感慨に浸るように目を閉じた。
「母さんが死んでから、僕はずっとひとりだった。こうして何でも相談できる身近なひとがいることが、どんなに助かっていることか……」
何気ない言葉だったが、ポーリンは思わず心を揺さぶられた。
確かに、彼女もずっとひとりだった――影だけを友だちとして。だから、カザロスが置かれている状況がまざまざと、実体験と結びつけて分かる思いがした。
ポーリンは歩をすすめ、カザロスを抱きしめた。
「はじめは複雑な思いもあったけれど、コヴィニオン王国へ来て良かったと思っている。そして弟よ、あなたのためにもう一つしてあげましょう。
はじめカザロスは戸惑ったが、ゆっくりと腕を姉の背に回した。
「……気をつけて、姪の近くにはアドナ・ブランウェンがいる。僕の双子の妹だが、わかり合えたことなど一度もない邪悪な魔女だ……姉さんも平気で殺そうとするだろう」
「私は〈サントエルマの影の使い手〉。心配いらないわ」
そうして、ポーリンは弟から離れ、腕に密やかにつけていた銅のブレスレットを外し、弟に渡した。
「持っていなさい。魔法の力が、あなたを守ってくれるでしょう……万能ではないけれど、ないよりはずっとまし」
カザロスはそれを受け取ると、見た目よりずっと軽く、ひんやりとしたその感覚を味わうかのように両手で包み込んだ。
「ありがとう、姉さん」
そうして、姉と弟は別れた。
ポーリンは、姪を助けるという誓約を果たすため、静かに旅立った。
陣中に残ったカザロスは、直属の部下のニルグを呼んだ。
「ギヨム卿をここへ呼んでくれないか、内密に」
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