第10話 自分を大きく見せて得られる信頼は、役に立たない

「そういうことなので、ハサンの軍と戦うために我々が援軍を出すということにもやぶさかではないが、ひとつ問題がある」


 チーグは、〈書斎〉と呼ぶ彼の私室で、石を切り出したテーブルを囲みながら言った。岩をくり抜いて作った本棚には、数々の書物が並べられていた。


「ラザラ・ポーリンの弟よ、あんた、本当に次代の王か?」


 そういって、緑色の瞳で正面に座る若い男性を見据みすえた。


「王たる資質のないものに、我らの兵の命を預けるわけにはいかぬゆえ」


 カザロスは戸惑いながらポーリンの方を見た。ポーリンは小さく肩をすくめた。


「それだ」


 チーグはひとり納得したように膝をたたいた。


「あんた、育ちがいいのは分かるが、どうにも上に立つ者としての迫力に欠ける。いつも姉に頼りっぽなしなのか? 正直なところ……ポーリンの若いころより、頼りなくみえる」


 その指摘を受けて、カザロスはやや屈折した皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「なるほどね、あなたは確かに、ふつうのゴブリンとは全然違うようだ」


 そうして姿勢を正し、鳶色とびいろの瞳でゴブリン王の奇異のまなざしを受け止める。


「ご名答、と申しましょうか。僕は次代の王たる心構えを持ついとますらなく、次代の王に祭り上げられた”飾り”ですよ」


 淡々と言う。隣では、何を言い出すのかと心配そうにポーリンが眉をひそめていた。


「僕が軍を率いるのは、生き残った大公家の男子が僕しかいないから……僕を祭り上げたい騎士もいれば、僕の下につくことに不本意さを隠そうとしない騎士もいる。気が休まることなんてなかった」


 淡々としていた声は、次第に熱を帯びる。チーグも、ポーリンも、黙ってカザロスの言葉に聞き入っていた。


「そんななか、姉さんが現れた。姉さんは優れた魔法使いで、僕とは違ってなんでもできる人だった。頼りたくなって当然では?」


 途中から表情をゆるめ始めていたチーグは、カザロスが言葉を終えるころには大声で笑い始めていた。


「けっさくじゃないか! コヴィニオン王国の次期王が、姉ちゃんに頭があがらぬひよっこだとは」


 腹を抱えて笑う。


 今度はポーリンがむっとしてチーグをにらみつけていたが、カザロスは穏やかな表情で笑い転げるチーグを見つめていた。


「それでいい、自分を大きく見せて得られる信頼など、なんの役にも立たないと、僕は思っている」

「気に入ったぜ! ポーリンの弟よ」


 チーグはバンと石の机をたたいた。


「正直さは美徳という概念は、ゴブリンにはない。だが、それこそがゴブリン族の発展を阻んでいるひとつの原因だと俺は思っている。つまらぬ嘘をつけば、成長はそこで止まるからな」


 そしてチーグは身を乗り出した。


「おまえはいずれ、王に相応しくなるだろう、姉ちゃんに頼ることなくな」


 そういってまた少し噴き出す。


 カザロスはうなずき、両手を机の上にのせてゆっくりと組んだ。


「僕たちとともに戦ってくれますか、チーグ王?」


 その声は、心なしか先ほどよりも力強かった。


「いいだろう」


 チーグは少し低めのだみ声で答えた。緑色の瞳が油断ない光をたたえる。


「五百の兵を出そう。そして、戦いが終わったのちには、コヴィニオン王国との交易路を開いもらう。ゴブリンに対する人間どもの反発を抑えるのは、あんたの役割だ」

うけたまわりました」


 そうして、ゴブリン王チーグと、ガザロス・ブランウェンは、石机の上でがっちりと握手を交わした。


 ポーリンは口を挟むことなく、安堵に胸をなでおろしながら二人の握手を見つめていた。

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