第7話 ゴブリンの王国

 翌日、ラザラ・ポーリンとカザロス・ブランウェンは、大鷲おおわしの背に乗り空の旅に出ていた。


 地平線まで続く丘陵地帯を、空の翼でひとまたぎしていく。


「うおおぉ」


 カザロスはずっと感嘆かんたんの叫び声をあげていた。


「やっぱり、サントエルマの森の魔法使いはすごいなあ。こんな大鷲を飼いならしているなんて!」


 耳を切る風の音に負けじと、声を張り上げる。


「誰でも乗れるわけじゃない。サントエルマの森のおさと、長が許可した者だけ。森の魔法使いたちは、基本的に外には出かけないしね」


 後ろにしがみつく弟を振り返りながら、ポーリンも大声を出した。


「なんだって?」


 壮大な風景に見とれるカザロスには、あまりよく聞こえていないようだった。


「けれども、楽しいなあ、姉さん。本当に」


 無邪気な笑顔は少年のようであった。


 カザロスは23歳――ポーリンが影の魔法を求めて旅に出たときと同じ年齢だ。


 23歳のポーリンは、自分のいるべき場所を求めて迷っていた。


 一方のカザロスは、成り行きで王位継承者に祭り上げられ、様々な大人たちの利害を一身に受けて導いていかなければならない立場だ。背負うものも多く、自分より周囲を優先しないといけないことも多いだろう。


 無邪気になる時間も必要だった。


 そう考えながら、ポーリンは大空を駆っていた。


 丘陵地帯のあいだを流れる川沿いに北上すると、やがてなだらかな丘はなくなり、荒涼とした風景へと変貌した。


 ポーリンは、大鷲が飛ぶ高度をさげさせた。


「もうすぐ、目的地よ。わたしの記憶が正しければ、だけど」

「……コヴィニオンからそう遠くはないけど、こっちの方へ来ることはなかったな」


 カザロスは感慨深げにつぶやく。


 コヴィニオン王国からみれば、ここははるか東の辺境の地である。魔物も多い。あえて近づく利点はなにもない土地だった。


 しばらくして、ごつごつとした小高い丘をこえると急に、ねじれた不気味な枯れ木が密集した“かつて森だったような”場所が見えてきた。


「この土地には強大な魔法がかけられており、知らずに地上を歩く者には、大いなる困難がふりかかる」


 ポーリンは、予言者めいた口ぶりで弟に話しかけた。そして、口の中でひとりささやく。


「ダネガリスの野……なつかしい」


 やがて大鷲は、緑の低木に覆われた盆地の上空へとさしかかった。その中央には、“へそ”のように飛び出た巨大な岩場があった。


「ゴブリンの王国、リフェティよ」


 空から見れば、森の中に突き出た単なる岩場にすぎない。しかし、真の姿は地下にある。その地下には、縦横無尽じゅうおうむじんにトンネルが張り巡らされており、巨大な地下都市を形成していることを、彼女は知っていた。


「……姉さんが、ゴブリン王に援軍を求めに行くと言ったときは、本当に驚いたよ」


 カザロスは昨日の出来事を思い出していた。


 ガルフレッド卿は、顔を真っ赤にして反対したものだ。けれども結局、ほかの騎士たちにも説得され、カザロスをポーリンとともに送り出すことに同意した。


 楽し気だったカザロスの顔にも緊張感が宿る。


「ゴブリンは小悪党どもだ。力は強くないが、なかには人間を殺し、略奪する者もいる。本当に、大丈夫なんだろうね?」

「姉さんに任せておきなさい」


 ポーリンは眼前を見据えたまま、毅然きぜんとして言った。


 大鷲は、低木の森で構成された盆地のほぼ中央にある岩場に着陸した。そして、二人をおろすと再び空に舞い上がっていった。


 カザロスは動揺したように、大鷲が飛び去った方向に数歩足をすすめたが、この場に二人が取り残されたという事実は変えようがなかった。


 岩場の数か所に開けられた地下への入り口と思われる穴から、数名の武装したゴブリンだちが姿を現した。わずかに緑がかった膚と、唇のあいだから除く牙は、人間のものではない。小柄だが、危険な存在だ。


 ゴブリンたちは、三方から槍を構えながらジリジリを近づいてきた。


「ええと、姉さん?」


 カザロスは少し声を震わせながら言った。


「さっき、楽しいと言ったけれど、前言を撤回するよ」


 ポーリンは「あらそう」という表情をしながら弟を振り向くと、面白がるように何度か小さくうなずいた。


 ポーリンは声高らかに常人には理解できない言葉を詠唱えいしょうした。それは、異世界の歌のように美しく、けれども不気味なものだった。


 指をかざしくるりと一回転すると、ゴブリンと彼女たちの間に壁となるように炎が舞い上がった。


 ゴブリンたちは仰天して後ろずさる。一人のゴブリンは腰を抜かしていた。


「兵士たちよ」


 ポーリンはさらにはっきりとした声で続けた。


「ゴブリン王チーグに伝えなさい、〈烈火の魔女〉がやってきたと!」

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