第4話 「家族」と、「魔法」と

「レジナルド・ハサンという男が許しがたい人物であることには同意しますが、私があなたがたの戦いを助けることはできません。それについては、お断りいたします」


 ポーリンはきっぱりと言った。


 ここは、彼女にあてがわれた宿の部屋である。一晩寝て、身体の疲れは取れたものの、あまりに色々な話を聞かされ心はまだ追いついていない。


 しかし、彼らが苦戦を挽回するためにポーリンの力を当てにしているのだとすれば、正直迷惑な話であった。


 彼女の眼前には、カザロス・ブランウェンが椅子を反対向きにして背もたれを抱きかかえながら座っている。


 その後ろには二人の騎士――ひとりは、昨日狼男と一戦交えたギヨム卿。そしてもう一人は本朝に近隣の村から駆けつけたガルフレッド卿という人物である。


 ガルフレッド卿は、やって来たときから不機嫌そうであったが、ポーリンの返答を聞いて苛立ちを隠そうとせず、大きなため息をついた。


「やはり、無駄足だったか。だから私は反対したのだ、カザロス公」


 隣に立つギヨム卿が、手で制するような姿勢を取った。そして、丁寧に口を開く。


「お気を悪くされずに、ご婦人。よろしければ、理由をお聞かせいただけますか?」

「私の魔法は、戦争のための道具ではありません」


 それは、ポーリンの偽らざる本心であった。


 彼女は魔法の技を探求し、その深淵を研究し続けた。それは、魔法に対する愛ゆえ。決して、戦争で人を殺すためではない。


 ガルフレッド卿とギヨム卿が顔を見合わせた。


 ポーリンはため息をつく。


「きっと、あなた方こそお気を悪くされるでしょうね。けれども、もう一つの理由こそ、大切かも知れません。サントエルマの森には、国の政治や軍事に決して関わってはいけないという不文律があります。それは、我々の掟なのです。掟を破ることはできません」


 真摯に語るポーリンに、ギヨム卿は黙ってうなずいていたが、ガルフレッド卿はあきれたようにそっぽを向いた。


「しょせんは現実の厳しさを知らぬ世捨て人の、たわごとだ」

「どのようにでも、お受け取りください」


 ポーリンは冷ややかに答えた。


 その様子を、カザロス・ブランウェンは興味深そうに見つめていた。皮肉とも賞賛ともつかぬ笑みを、口元には浮かべている。


「姉さんと会ったのは昨日が初めてだけれど、姉さんがどんな人生を歩んできたのかとても良く分かったよ」


 椅子の背を抱きかかえたまま、穏やかな口調で言う。


「理性的で、信念ある女性。その表面は、知性と気品で美しく彩られている。けれども、内に秘めたる激情が、時に思わぬ行動を取らせてきた。その激情の源は、魔法への愛だ、違うかい?」

「……さあね」


 ポーリンは、居心地悪そうに少し身じろぎした。カザロスの鳶色の瞳を見つめていると、どうにも自分自身の鏡を見ているような気になり、居心地悪く感じる。


 カザロスは続けた。


「そして、あなたはその激情ゆえに、僕に力を貸すことになるだろう」


 予言者めいたその口ぶりに、ポーリンは眉をしかめた。


「僕は姉さんを、戦争に巻き込むつもりはないよ。そして、これは国の問題ではなく、『家族』の問題なんだ」


 カザロスは熱っぽく言った。


「家族?」


 ポーリンは、全く話が見えないといった風に、首をかしげた。


「そう、そして『魔法』の問題でもある」


 カザロスは椅子から立ち上がると、ゆっくりとポーリンに近づき、人なつっこそうに鳶色の瞳を輝かせた。


「僕には双子の妹がいて、妹には子どもがいる。つまり、あなたにとっても妹と、めいというわけだ」


カザロスは姉の手を握り、こうべを垂れた。


「妹はともかくとして、どうか、生まれたばかりのめいっ子を、助けて欲しい」

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