番外編 霊界のクリスマス
「サユリさんサユリさん!“くりすます”ってご存知ですか?」
「もちろん知ってるよ。クリスマスがどうかしたの?」
季節は冬。
しんしんと降り積もり、一面真っ白に染まった雪景色を眺めているとフウカさんが変わった事を言い出した。
「人間界にはこの時期に贈り物を貰う風習があるそうですが…何か欲しいものはありますか?」
「う〜ん…特にないかな。今何不自由ない生活を送ってるし、これ以上求める程のものがないや」
「そうですか…」
「それに、クリスマスは良い子にだけプレゼントが贈られるからね。フウカさんはこの1年、いい子にしてた?」
「うっ!」
今年の出来事を振り返り、色々あったなぁと感傷に浸りつつ何やらモジモジしているフウカさんを見つめる。
…十中八九、鍛錬やお稽古をサボって遊んでた事に負い目を感じてるんだろうね。
「人間界のクリスマスは良い子にサンタクロースと言う赤い服に白いひげがトレードマーク…まあ、その2つが特徴のおじさんがプレゼントを寝ている間に枕元にそっと置いてくれるんだよ」
「…どうやって?」
「こう…何処からともなく現れてそぉーっと」
「…それは我々怪異の類なのでは?」
「サンタクロースが怪異の類か…う〜ん子供たちの夢が壊れる」
煙突から入ってきて〜、ってのが普通だけど最近の家に煙突は無い。
だから…まあ、謎パワーでこう、ね?
「煙突ですか…結界の見直しをするべきですか?」
「そういう問題じゃ…そもそも、サンタクロースって日本人じゃないしなぁ…私の住んでた国とは遠く離れたところにある、人も文化も全く違う国が発祥の風習だから何とも」
「そういえば、遥か西の果てに妖精の国があると聞いたことがあるような…ばあや」
木仙を呼び、確認を取るフウカさん。
「そうじゃな…ここから遠く離れた西に果てに妖精の国がある。行ったことはないが、サユリ様の言う文化とよく似てた生活をしておると聞いたことはあるの」
「では“さんたくろーす”と言うのは、その妖精なのでしょうか?」
「まぁ…おそらくは?」
…そもそもサンタクロースってなんだろう?
人間、かどうか疑わしいし、空飛ぶソリに乗って鈴の音を無らしながら夜空をトナカイと一緒にやってくるイメージだけど…
「空飛ぶソリ…?」
「フウカさんは分かんないよね。見せたいけど人間界へは行けないし…」
「夢の世界で再現出来ないものなのかの?サユリ様なら出来そうなものじゃが」
「夢の世界か…じゃあやってみようか。お休―――」
「もちろん、舞のお稽古が終わってからじゃがの」
「「…はい」」
二人まとめて怒られた。
今日はいつにもまして厳しく指導を受け、心身共にボロボロ。
それでもなんとかお稽古を乗り越えて、部屋に戻ってくるとすぐに2人一緒に寝た。
「これが“さんたくろーす”なのですか?」
「大衆のイメージはこうだね」
「あまり見ない人間ですね…」
「まあヨーロッパ系だからね。んで、ソリとトナカイをと」
夢の世界にやって来た私達は、私のイメージを具現化させてサンタクロースが何者か?クリスマスが何かを教える。
「せっかくだし、私のイメージで染めちゃうか。えい!」
「わぁ!これが“くりすます”なのですか?」
「クリスマスと言う単語を出されてイメージするものと言えば…こんな感じかな?」
冬の日本の神社から、雪が降り積もる針葉樹林の中のログハウスに世界が変わる。
中は暖炉の火で暖かく、豪華に飾り付けされたクリスマスツリーと、その根元に沢山のプレゼントが置かれている。
テーブルには湯気の立つココアとブッシュ・ド・ノエル、七面鳥の丸焼きにフライドチキン。あと、数種類のパンが並べられている。
そして、白いひげのサンタクロースと、赤と緑のクリスマスカラーを基調としたソリ、それに繋がれた赤鼻のトナカイ。
まさにクリスマスと言った景色。
…まあ、このイメージが現実になったことは無いんだけどね。
「まさにクリスマス。ここまでイメージ通りのクリスマスは生まれて初めてだよ。夢の世界に来て良かった」
「それは私も嬉しいですね。ちなみにサユリさん次第ではこの食べ物も食べられるますよ?」
「パンやチキンはともかく七面鳥の丸焼きは食べたこと無いからなぁ…無味無臭だったり?」
「それどころか、触感も再現できませんから、触れた瞬間消滅しますよ」
「何その虚無」
実際に触れてみると、触った部分が消えた。
見た目だけだね。
でも、パンとフライドチキンはしっかり味も触感も匂いもあった。
美味しそうにもぐもぐ食べてるフウカさんが可愛かったのと、ココアでヒゲができて2人で笑ったのは良い思い出。
「思い出、ですか…せっかくですし、もっと良い思い出を作りませんか?」
「どうやって?」
「サユリさんのイメージがあれば、きっと空飛ぶソリを再現出来ますよ!」
「なるほどね…ちょっと待ってね」
空飛ぶソリ…大切なのはどんな風景を見たいかだ。
見上げれば満天の星空に…下を見れば美しい雪景色。
リンリンと言う鈴の音と、サンタクロースの優しい笑い声。
ソリの後部には沢山のプレゼントが積まれていて、レンガ造りの街へ向かうイメージ…こうか!
「わぁ〜!綺麗ですね〜…」
「喜んでもらえて嬉しいよ。私だってこんな景色見たこと無い。本当に想像上の景色だ。でも…まさか本当に見られるなんて」
「それも、大切な人と一緒に、ですね」
「むぅ…一番いいところ取られた」
サンタクロースが運転?するソリの真ん中に2人並んで座り、雪の降り積もったレンガ造りの街を駆け抜ける。
プレゼントがふわふわと浮かび上がって飛んでいき、子供が眠る部屋へ消えて行く。
「こんなふうに贈り物が届けられるんですね」
「私のイメージだよ?実際はどんなのか知らない。だって、こんな夜中まで起きている悪い子の元にはプレゼントは来ないからね」
「まあ!だったら私達は大丈夫ですね。寝ていますから!」
「そんなにプレゼント欲しい…?」
多分このプレゼントの中身、くるみ割り人形とかテディベアとかだよ?
…どっちも霊界じゃ手に入らないか。
「プレゼントね…と言ってもまだ外は夕方にもなってないよ?」
「夜中まで寝ていても文句は言われませんよ」
「…まあ、今日くらい木仙も許してくれるか」
なんたって今日はクリスマス?なのだから。
そうでしょう?木仙。
おそらく見ているであろう木仙にそんな思念を飛ばす。
きっと聞こえてるはず。
…さて、多分許可を貰えた事だし、大人のクリスマスを始めようかな?
「…?どうしたんですか?心を読めないように対策なんて…」
「いやね?今まで見せてきたものは子供のクリスマス。大人には大人のクリスマスがあるんだよ」
「大人なの…?それは一体…」
話が見えないらしいフウカさんは、純粋に首を傾げている。
私はフウカさんに近付き、そのまま肩に手を当てて力を込める。
押し倒すのと同時に夢の世界を一新して、スノードームの中のような世界へと作り変え、その中心にあるキングサイズのベットに倒れ込む。
「クリスマスの夜は聖夜と呼ばれ、クリスマス発祥の地ではとても大切なもの。でも、そこから彼方東の果てにある私の故郷では、ただの催し物。なんだったら、こうやって恋人達が大人の夜を過ごす一大イベントだったり?」
「なるほど…それが大人の“くりすます”、なんですね。ぜひ、お願いします」
期待に満ちあふれた表情のフウカさん。
私はそんなフウカさんに干渉し、その服装を和風なお姫様の服装から、えちえちなサンタコスに変える。
もちろん、私の服もサンタコスに変えた。
「やっぱり雰囲気って大事だね。すっごく興奮する」
「そうですか?私は今までこういった文化を体感することが無かったのでよくわかりませんが…サユリさんが良いのなら、また別の機会でもお願いします」
「そうだね。次はハロウィンとか…イースターとかかな?」
魔女っ子フウカさんと、バニーガールフウカさん。
どっちも想像するだけで興奮して待ち遠しい。
でも今は、サンタコスフウカさんを堪能しよう。
雰囲気作りに鳴らしている鈴の音が、おそらく監視しているであろう木仙から私達の声を隠す。
雪の降るスノードームの中で、私とフウカさんは最高の一夜を過ごすのだった。
◆
「やれやれ。話にならんな」
フウカ様とサユリ様の相手をするのは本当に疲れる。
まともに相手してはいけないとは言え…それでも世話を焼いてしまうのは世話役を買って出た宿命か…
そんな事を考えながら夢の世界の監視を諦めて部屋を出ようとする。
明日も2人の稽古に鍛錬にと、忙しい限りだ。
久しぶりにゆっくり眠ろうと、ひときわ冷える廊下に足を踏み出した瞬間―――背後にフウカ様でもサユリ様でも護衛の者でもない何者かの気配を察知した。
「何奴!!」
瞬時に振り返り拘束の神通力を構えると、そこには赤い異国風の服を身に纏った年老いた男がいた。
その男は我には目もくれずフウカ様とサユリ様の枕元に飾り付けられた豪華な紙箱を置くと、まるで元から何者も居なかったかのように消え去った。
「…我の目を誤魔化す程の技…何者かは知らぬが、敵では無さそうじゃの」
あれがサユリ様の言う、『サンタクロース』と言う存在なのじゃろう。
サユリ様はサンタクロースなど存在しないと思っていたようじゃが…世の中何があるか分からぬものじゃな。
「何か見たか?」
「どうなさいましたか?仙狐様」
「…いや、何でもない」
見えたのは我だけか…
サンタクロースとやらは、我々が考える以上に高次元の存在なのか、もしくは……まあいい。
「メリークリスマスじゃ。フウカ様、サユリ様」
我から贈る物など用意していないが、2人には誰にも邪魔されない時間が一番じゃろう。
そう考え、我は自室へ向かった。
夢の中に現れた女性の姿をした狐の告白にOKしたら、本当にお嫁になってました カイン・フォーター @kurooaa
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