過去の亡霊

海湖水

過去の亡霊

 ゴミが散らばる部屋の中、私は目を覚ました。

 布団の上に手を伸ばし、指先の感覚でスマホを探す。

 手に取ったスマホの画面を見ると、いつもより起きるのが2時間ほど早いことに気づいた。まあ、たまにはこんな日があってもいいだろう。

 私は布団の中から起き上がる。

 昨日の夜に飲んだ酒の缶と、食べた菓子の袋を片付け、ごみ袋の口を縛る。

 あまり家に帰ってからの記憶がない。多分、友人が送りとおどけてくれたのだろうが、記憶がないというのは怖いものだ。

 何より、少し動いてから、体中が痛み始めていることに気が付いた。

 多分「アレ」があったのだろう。少し動いた私は、布団の上に座り込んだ。

 その時、私の頭の中に何かが入ってくるような感覚があった。

 またか。そんなことを考えて、私が立ち上がろうとすると、想定通り、体は全く動かない。


 「おい、小娘。そろそろ体を鍛える気にはならんのか?」

 

 口が勝手に動く。いつもの自分とは全く違う口調。自分の意志とは関係なく発せられるその声に、私はうんざりした。

 いつも通り、私に答えさせるためか、体の主導権が戻ってくる。こうして対話するのも、幼少期からしていたおかげで慣れてしまった。


 「そんなことするわけないでしょ。私、体が強いわけじゃないの。どっちかって言うと、運動神経も悪い方だし。体が痛くて困ってるんだから……」


 私の体を乗っ取ってくる、自称「数百年前を駆けた武将」である彼は、呆れたかのように、私の体を使い、私に語り掛けた。


 「小娘は、出世をしたくないのか?合戦で武勲を立て、家を栄えさせてこそ……」

 「その旧時代的な考え方が通じる世の中だと思う?刀なんか使っても、近づく前に銃で撃たれて終わりだって……。あと、私の体を乗っ取って私の知り合いに殴りかかるのやめてよね。向こうもわかってくれてるから、カウンターで一撃入れてくるだけですましてもらってるけど」

 「小娘、だからこそ鍛えるのだぞ。カウンターを躱し、できた隙を狙い、一撃を加える。それでこそ」

 「だから、時代が違うって言ってるでしょ。そんなことする暇あったら、バイトに行って、イケメンの彼氏作ってくれない?」


 私は運動神経が悪い。それに力も弱いし、身体能力も低い。昔からこの乗っ取ってくる武将は、武勲を立てたいだの何だの言ってくるが、正直こんな私のスペックではそんなもの不可能に近い。実際、仲の良い、特に格闘技も何もしていない友人に避けられて、カウンターを入れられる時点で、武勲とか冗談にしか聞こえない。


 「それでは今日も頑張らねばな」

 「うん、そうだね。そういえば、今日行くところあるんだけどさ」


 亡霊に憑いてもらいながら向かった先は、大きな神社だった。

 亡霊が焦っているのが絶妙に伝わってくる。まあ、しょうがないが。生活に不便だし。


 「じゃあ、今日はお祓いお願いします」


 神社で行われたお祓いによって、その日、亡霊が私を乗っ取ることはなかったのだった。



 「小娘よ!!愚かだな、神社での儀式ごときで祓えると思ったか!!」

 「もうそろそろ逝ってよ。あんた何者なのさ」


 次の日の朝、私の体はいつも通り亡霊に乗っ取られていた。

 亡霊は亡霊で、1カ月単位でお祓いを受けてこりないのだろうか。

 私の中の疑問は膨らむばかりだった。


 

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