第6話

厳しい寒さが少しずつ和らいできた頃。

突然の人事異動から四ヶ月が経過した。

仕事は覚えることがたくさんあって、未だにいっぱいいっぱいだ。


【来週の木曜、空いてる?】


【しばらく仕事が立て込んでる。その週は土曜か日曜なら時間作れるけど。】


【そう。また連絡する。】


また、っていつだろう。

最初に提案された木曜日はとうに過ぎて、今日は日曜日。

最近は休みの日も仕事に関連する用事を入れることが多い。

出かける用事は昨日にまとめたので、今日は家で勉強する予定だった。



アイツと会う以外で、あの辺りに行くことはまずない。

いつも通るのは夜で、ラブホと飲食店が混在する路地は混沌とした雰囲気だが、明るいとまた違った印象になる。


アイツの前で爆睡をかましてしまったあの日、気になるパン屋を見つけた。


あの時はまだ早朝だったので、開店前だった。

芳ばしい小麦のいい香り。

今度買いに来よう。

そう思うのだけど、いつもここへ来るのは閉店した後。


今朝はコーヒーしか飲んでいない。

ちょうどお腹が空いてきた。

今がチャンスだ。

そう思い立って、念願のパン屋さん。


コーンマヨ、カレーパン、メロンパン、クロワッサン、あんバター。

迷うな。

でも滅多に来れないし。

そう思って、食欲のままに、食べたいパンを乗せていくと、トレーいっぱいになってしまった。


「お会計は1933円です。」


早く家に帰って食べたい。


そう思いながら店外へ出ると、携帯にメッセージが入った。


【少し時間ができた。今からいつものとこ来れない?】


びっくりした。

ここからなら、いつものところまで5分で着きますけども。


【いまちょうど近くにいるけど】


【分かった。向かう】



想像よりもすぐに来たアイツと、ホテルに入った。


でも、ちょっと我慢出来そうにない。



「…パン買ったんだけど、食べない?」


そう言って、テーブルの上に買ったパンを並べていく。


「ずっと気になってたお店で。ようやく行けたから、ついたくさん買っちゃって。」

「すごい量。」

「好きなのどうぞ。」


私は焼きたてだったクロワッサンを手に取る。


パリッ。ジュワ。モチモチ。

美味しい。


「水、いる?」

「うん、欲しい」


アイツが立ち上がり、ホテルに置いてあるペットボトルの水を取りに行く。

わざわざ私の正面に来ると、水を差し出すアイツ。


「ありがとう」


顔を上げる。

バッチリと合う目と目。


整った鼻筋、薄い唇、細い顎。


アイツがマスクを外していた。


「どうぞ。」


びっくりした。

顔、見られたくないんじゃなかったの?


あっけにとられている間に、アイツは隣に座り、メロンパンを頬張っていた。


「うまいな。」


…甘いの食べるんだ。

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