カナリーイエローのワンピースと、彼女
その後、しばらくは変わらない生活を送り続けていました。
息苦しさや不満は相変わらずでしたが、生きていれば素晴らしい色と出会えると思うと、随分と楽になりました。
それだけで充分でした。奇跡なんてもう起きない。そう思っていましたから。
だけど、また奇跡が起きました。
二年後に、再び【カナリーイエローのワンピース】をテレビで目にしたのです。
色も、デザインも、間違いなく、僕があの日に出会ったワンピースでした。髪型は少し変わっていましたが、着ている女性も同じでした。
ドキュメンタリー番組の映像で、彼女は多様な服を見事に着こなしていました。
どれも彼女を鮮やかに彩っていましたが、やはり際立っていたのは【カナリーイエローのワンピース】でした。
晴れやかな空の下でスカートを揺らし、番組内のインタビューにもそのワンピースで臨んでいました。一番気に入っている服だと、眩い笑顔で話していました。
名前も、女性から熱烈に支持されるファッションデザイナーであることも、都内に事務所を構えていることも、そこで初めて知りました。
特に名前なんか、あのワンピースを初めて目にした日を思い起こさせるようで、こんな偶然があるのかと嬉しくなったものです。
そして、ファッションデザイナーという職業を知ったのもその時でした。
自分の歩みたい道が、目の前に現れた瞬間でした。ファッションデザイナーなら、色を活かせると。周りに合わせて息を潜めなくていいと。
それからは、まさに弾丸のような人生を突っ走ってきました。
親に猛反対されながらも、デザイン科のある高校を志望しました。地元には目ぼしい学校がなかったので、そのまま勢いで上京しました。
大学でも変わらずデザイン科を専攻し、卒業後はアパレルショップで働きながら、ファッションデザイナーを目指してきました。
まぁ、そう上手くいくわけもなく、何度も苦汁を舐めさせられました。自分の才能の無さを嘆きました。諦めようと思ったのも、一度や二度ではありません。実を言うと、ついこの間も真剣に諦めることを考えていました。
そんな時にたまたまネットで見つけたのが、今回の募集でした。
事務所のデザイナーが一人独立したため、若手の新人を求めるという内容でした。デザイナーの卵を、自分たちの手で育てたい……と。
最初は目を疑いました。
内容ではなく、事務所と代表者の名前に、驚きと喜びを隠せませんでした。
Canarikka(カナリッカ)
朝日奈立夏
見間違えるはずがありません。
あの【カナリーイエローのワンピース】をまとい、笑顔でインタビューに答えたファッションデザイナーの名前が記載されていました。
僕の人生を変えてくれた、あなたの名前が。
僕自身は、経験も才能もない未熟者です。唯一の個性と言える色への敏感さも、今のところ全く活かせていません。
それでも、応募せずにはいられませんでした。
あなたのデザインが、あなたのカナリーイエローが、ずっと僕の目標なんです。あなたは、僕の憧れなんです。
どうか、ここで働かせてください。
あなたのデザインを作る、お手伝いをさせてください。雑用でもなんでもします。
だから――――
「違うでしょ」
朝日奈さんが、不意に口を開いた。
勢いのまま語り続けていた僕は、驚きのあまり空気まで一緒に飲み込んだ。喉に空気が通って、違和感が半端ない。
「私のデザインじゃない。あなたのデザインを作らなくてどうするの」
「え?」
「デザイナーを目指すからには、自分のデザインを探求しないと損よ。デザインを作ることが、デザイナーの醍醐味なんだから」
「あの……」
「採用します」
「へ?」
あまりの展開の速さに、一瞬、何を言われているのか分からなかった。
立て続けに「来月からうちに来れる?」と問われて、ようやく理解できた。
「…………僕なんかで、いいんですか?」
「むしろ君がいいの」
「僕が、ですか?」
「生まれ持った色への感覚、自己評価の低さ、勢いで動ける行動力。そして何より、色への情熱的な愛……育てがいがあるわ」
朝日奈さんが目を細めた。品定めをする、野性的な眼差しだ。
獰猛な一面を垣間見たが、それ以上に、自分がこの人に期待されているのだと分かって――喜びが全身を突き上げた。
「――来月から、よろしくお願いします!!」
「えぇ、こちらこそ」
朝日奈さんは、新しいことをする時にお気に入りの服を着るのだという。
一回目に見た時は、初めての一人旅。
二回目に見た時は、初めての番組出演。
今着ている服も、僕の愛する【カナリーイエローのワンピース】だった。
カナリーイエローのワンピース 片隅シズカ @katasumi-novel
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