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初夏。

街の人混みから少しだけ離れたビルの陰で。




「…私が言えることじゃないけどさ…ホントに学校行かなくて大丈夫なの?」

緋夏ひなつが訊いてくる。


「…大丈夫って言ってんじゃん」

「でも私は受けるの通信制だからいいけど…すいはちゃんと高校受験するんじゃんか」

「いーの一応ちゃんと勉強してるし、テスト期間は学校行ってるから」

「えーえらー」

そしてテストで学年1位を取る。だから、勉強してるウチに先生達は何も言えない。…その為だけに学校に行く。


「緋夏こそ、ずっとここらにいて大丈夫なの? 来てから結構経つけど」

「えーやだ帰りたくなーい」

緋夏は、どこか遠くから家出して、東京に1人で出てきている。

どこに家があるのかは知らないけど、ここら辺にいる人達の中じゃ別に珍しいことでもないし、詳しく訊くつもりはない。


「親御さん心配してるよ?」

「そうだけどさ…逆にうるさ過ぎて嫌になったから…意地でも帰りたくない訳。ずっとこっちに居る覚悟で出てきたから」

「そっかぁ…でも変なのには巻き込まれないように気ィつけてよ」

「はいはーい。…てか、そっちだって親に怒られたりしない訳?」

「ないない、ウチの親全然干渉してこないから」

「えーいいなー」

「いやそんな良いもんでもないよ、お金以外は全部自分でどうにかしないとだし」

「ホント大変そうだねぇ…」

大丈夫だいじょぶ、慣れてるから」

そう。

慣れてるから。


料理も洗濯も何から何まで、ウチのことはウチがやる。母さんアイツのことはアイツが勝手にやる。それに慣れてるから。

そんな気持ちの悪い二人暮らしを、もう2年くらい続けている。

一応お金はくれる…ってかいつもウチが勝手にとっていっている。毎日行き帰りの地下鉄代と、ご飯だの私物だのの買い物代だけ取って。

で、中学生だってギリバレないくらいのメイクして、毎朝家を出て地下鉄でここに来て、緋夏みたいな子達と過ごす。

これを中学入って暫くした頃からやっているから、学校には正直行きづらい。


それを言ったら、大抵の人はこう言うんだろう。

「そりゃ勉強とか大変なんだろうし、親御さんとも友達とも色々ある年頃なんだろうけど、学校行かないにしてもフリースクールみたいなのもある訳だし、ちゃんと話し合って…」云々。

それができねぇからこうなってんだよ。


でもここに居る皆は違うから。

緋夏とか、

「え、凄!!私って全然甘えてきた方なんだなー。翠頑張ってんだね」

ってはっきり褒めてくれる。

みんな、何となく他の子の境遇とか思いとかを察してる。助け合ってる。

腐った人生をこれ以上棒に振らないように。お互いの心を磨きあっている。





「…でも、ネカフェに泊まるお金とか大丈夫なの? もう緋夏が来てから大分経つし、足りないんじゃ…」

「……痛いとこ突くなぁ」

「はぁーウチらが高校生だったら良かったのに。バイトできないって辛い」

「年齢隠して何かできないかな…」

「…あんまヤバそうなのに巻き込まれないでよ」

「…分かってる」

その為に、ウチがついてるんだから。







…翠には黙ってるけど、なんで私がまだ東京にいられるのか、それにはちゃんと理由がある。


私、お金の心配はしなくて良いんだ。

助けてくれる人がいるから。


…翠はああ言う人のこと、よく思ってなさそうだけど。

あんな田舎には帰りたくないし。

秘密にしとこう。









──数日後。

いつも通りの場所に着いた時。



緋夏の横に、知らない男子がいた。

「誰?」

「あ翠、コイツ、今日ここら辺うろついてたから捕まえてみた。璃人りひとってんだけど、コイツも家出少年」

「…家出少年って言い方なんかやだな」

「だってそうじゃん実際」

「…緋夏も家出少女のくせに」

あー、うるさくなるなぁこれは…。



「ウチは黒﨑、翠。残念だけど家出少女じゃないけど。よろしく」

「…ナンカイヤミダナァ…。浦中うらなか璃人。僕も中3。家出して取り敢えず街中彷徨ってたんだけど、どうしようもなくなってた時に緋夏に絡まれて無理矢理連れてこられましたぁ」

「それはそれは可哀想に…さぞかし大変だったろう」

「可哀想ってなんだ!! …てか自分から家出って言ったね」

「…! げ…」

「…にしても、みんな中3! やった受験から逃げてる同志だ」

「ウチは逃げてません」

「おー偉っ」

「翠頭良いんだもんなー」

「でももうすぐテストあるんだよ…やだなぁあああああ」

「えーその間翠来れないってことだよねぇ私もやだぁぁあああ」

「えテストもちゃんと受けんの!? 緋夏と違ってすげぇええええ」

「お前もじゃねぇかぁぁあああああああ」

「すみませんでしたああああああああああああ」

…………。

やっぱりうるせぇぇええええええええええええええええええええええええええええ



「…まあ、テスト行くのは、勉強は嫌じゃないですアピールするためなんだけどね」

「あーなるほど…。…初日のテストの教科何?」

「英語と理科と家庭科と音楽」

「えなにそれ地獄じゃん」

「ヤバいじゃん頑張れー」

「あ゛ぁ嫌だぁ…」

「嫌なんじゃんか勉強すんの」

「…う゛ん」



…まあ、璃人が来てくれて良かった。うるさいけど。


誰かついてないと、緋夏は危なっかしいから、目離すのちょっと心配だったし。安心してテスト勉強できる。



あてかヤバいどうしよ家庭科と音楽全然勉強してない…。








翠がテストって言ってた日。


璃人がふと私に訊いてきた。

「前からちょっと思ってたんだけどさ、緋夏ってこっち来て長いんだよな」

「うん」

「…お金、どうしてる?」

「………」

…あちゃ。そりゃ気になるよね。

じゃないと、帰るしかないもんね。

昔のように、くだらない毎日をまた生きるしかないんだもんね。


…教えてあげようかな、アイツのこと。

良い人だし、…きっと悪くなんかないし、良いよね。



「その…僕、家出とは言ったけど、本当は帰るとこ無くってさ…。どうにかここで生きてかないとなんだけど」

「え?」

「やっとまともに生きれると思ったのに…やっぱり難しいのかな」


…ああ、そういうこと。

何だ。

何だ何だ。

そうだったか。


璃人も違うんだね。

翠とおんなじ。頑張ってる人。


じゃあ教えない。頑張ってよ。

私には、そんな頑張る気力無いから。

逃げてるだけなの。

そんな奴らの心が璃人にはきっと分からないから。



「いや、実は私、結構実家にお金があってさ、お小遣い沢山あるから、いっぱい貯めてまとめて持って来たの。だからとうぶんお金には困んない」

「そっかぁ…。じゃあ頑張って稼ぎ先探すしか無いのか…。早く高校生なりてぇ…。服とか買いたい…」

「…そういえば璃人の服、あんま種類無いよね」

「緋夏はいいなぁ色んな服買ってるよね」

「…うん」




ごめんね。頑張れ。

「金貸してくれない?」とも言わずに、全部自分でどうにかしようとしてる、璃人が羨ましい。

親の金を貰う代わりに、親の分の家事も全部やってる、翠が羨ましい。



私みたいに、逃げんじゃないよ。







…たまたま人がすれ違った時。

ふと、璃人が目を見開き、言った。

「緋夏、悪いちょっと用あるから一瞬いなくなる、ごめん」

「へ?…いってら」

璃人の知り合い?…まあいいや。





てか、璃人どっか行っちゃったし、翠は来ないだろうし、どうしよ暇なんだけど…。




「…あっヒナじゃん!!」

…男子の声。


「あ、景耶けいや!」

「いつも、ここにいるんだ。いいこと知った。連れは?」

「今いないくなっちゃった…」

「ふーん。…じゃあ話さね?」

「えーやったー」


景耶。ネカフェで知り合った友達。

私にお金貸してくれる、高校生くらいの良い人。ちなみにイケメン。


唯一の、本当の私の理解者。

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死神だって逃げたいんです。 おふ @O_ff

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