死神だって逃げたいんです。

おふ

File001




「今日から君の一人称は『俺』で、君の名前は『西河さいが連音れおん』」


とある冬の日の夜。


「そっちの名前はどうするの?」

「ウチ…じゃない『私』にしよう…の名前は、『西河架連かれん』。カレンって呼んで」

「俺、と…カレンは、つまり血縁って設定こと?」

「まあ、そゆこと」


「……」

沈黙が痛い。

元にはもう、戻れない。


私は、『ウチ』を辞めた。

レオンは、『僕』を辞めた。

今度こそ。



「…大丈夫」

「うん」



「──















殺伐とした部屋の中。

冷たい目を向けられて、私は話し始める。


そう、あれは、12月3日の夜のこと。

「あの時から私の、長い1年が始まったんです。名前決めて、これから先何処へ行こうかって考えて」


レオンと私の“生まれた”日を、ただ思い出す。


「寒かったなぁ…」


息を吐くと、黒い空が、少しだけ白く染まっていく。

そんな冷たい夜のことだった。













「…てかさ、」レオンが訊いてくる。


「俺らが血縁とかそんな嘘ついたら、すぐバレちゃいそうだけど」

「だから、レオンはそっちのお父さんの連れ子で、でもそのお父さんが死んじゃって、残されたお母さんの再婚相手の連れ子が私」

「なんか…ドロドロしてんな」レオンの苦笑い。

「その方が、相手も気まずくなって遠慮しちゃうから、詮索されにくくていいかなって」

「そんなもんか…」

「そんなもんだよ」

「そっか」


「にしても即興にしてはいい名前つけるじゃん。名字もかっこいいし」

「でしょー私天才かもしれない」

「いやそこは謙遜しようよねぇ」

「てかそっちのネーミングセンスがヤバいだけじゃなくて? 私『山田花子』は流石に嫌だったからね」

「だって適当に名前言ってって言うから」

「でもだからって花子はさぁ」

「別にいいじゃん逆に」

「じゃあ『山田太郎』にしてやろか」

「それは…ド○ベンだから…やめて…」

「ハハ…」  …ああ、なんか、嫌だなぁ。

自分の笑い声が、薄っぺらく聞こえる。


何もかもが、薄っぺらく見える。

未だに、…あんなことがあっても、まだ。

感じられる全てに、色が無い。


家族の設定こともそう。これ位ドロドロしてたって、私達にとっては、まだ綺麗に思えるほうだから。

この程度の黒には何も感じない。

そんな私が怖いとも、思わない。






レオンが続ける。

「髪型変えるのは、顔を変えた後に美容院行くとして。整形するには…やってくれる知り合いはいるけど…結構金がいるからな…」


「金ねぇ…思い当たる節、あるよ」

「え、どこ?」

「『ウチ』の家」

「…成程ね」


「無駄に金持ちだったからね。レオン、金庫開けることってできる?」

「…一応」

「よかった。家にある金、全部盗っていいからね。あと、ついでに服も着替えよう。2人とも制服姿じゃ、これから先困るから」

「…だね」




「…ん?」

唐突に、雪が降りだした。

珍しい。ここら辺で雪が降る日なんて、あんまり無いのに。

「…綺麗だね」

うん。綺麗。

普段のウチなら、走り出して騒いでる。

でも、そんな気分じゃない。


雪が冷たすぎるから。







雪の降る中、ふと、レオンが切り出した。

「…これで、本当にいいの?」

「」

背筋が凍る。寒さに心が震える。


「まだカレンは、逃げれらるのに」

「……」言わないで。それは。

「俺が悪いだけだから。俺が…。今更無かったことにはできない。でも、そっちは悪くないだろ」

「………」違うんだよ。

「今すぐ警察に通報して、強盗にやられたとでも言えばいい。そうすれば、誰から見ても、家族を亡くした可哀想な娘になれる」

「レオン、


すいは、


それを言わないで。

1人で負わないで。


私のせいで、また、消えないで。



「私は、翠じゃない」


「………」

「違うから。いいんだよ」

もう戻れないんだから。

昔には。


「別れに行こうよ。『翠』と『璃人りひと』に」

「……」

「“1年後まで、普通の人として普通に生きる”。そうしたいなら、私も一緒について行った方がいいでしょ」

「………」



「レオンは、『死神』なんかじゃない。人間だ」




「…分かった」


そう、それでいい。


君は、人間なんだから。

私が、死神になればいい。




お母さんを殺したのは、翠。

それでいい。















遡ること数ヶ月前──。


初夏。鳴き始めた蝉が暑苦しい時。






黒﨑くろさき翠と浦中うらなか璃人が、この日、出会った。








のちに、殺人犯となる2人が。

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