第38話 帰ってきた日常
「今回はさすがに疲れたな」
全てが終わって。
俺はエルザと今回のことを振り返っていた。
「そうね。だけど《
エルザの言葉を聞いて、俺は記憶を遡る。
主人公アランがとうとう俺の前に現れただけでも大変なのに、魔物が奔流する《
さらに本来ならエルザに取り憑くはずの、四魔天バジャルドがアランの体を支配した。
バジャルドとの一回目の戦いはなんとかなったものの、時計台の中で、ゲーム中のラスボス──レーナに出会う。
そこで彼女が足止めとして寄越した、バジャルドとの二回目の戦闘になるが……あれは胸糞だった。勝っても、すっきりしない。
だが、それに勝利したおかげで、時計台の屋上で治癒魔法を発動。街全体に治癒魔法をかけることによって、ことなきを得た──というのが今回のまとめである。
「どうだろうな。俺だけの力じゃ、死者が出ていたかもしれない。今回はエルザ──そして、街のみんなのおかげだ」
「それも一理あると思うけど……
エルザの言う通り、これまでの行いによって、街の人でもう俺のことを悪く言うヤツなんていない。
あの市長は今回のことで、「二体目のマリウス様像を作ろう!」と意気込んでいたが……果たして、どうなることやら。俺はやめてほしい。
ともあれ──治癒ギルドの悪評は覆ったのだ。
もう、昔みたいな悪徳治癒ギルドではない。
とはいえ──。
「これだけのことをやってのけたのに、先日の《
「…………」
「一体、時計台でなにがあったの? あそこから顔つきが変わった」
エルザの質問に、俺はまだ答えられない。
俺が唯一、
黒魔法士レーナと、あんな形で邂逅することになるなんて……。
無論、レーナは『アルクエ1』のラスボスだ。味方として、俺の前に現れるとも思っていなかった。
とはいえ、こんな形で彼女に会えると思っていなかったのも事実。
嬉しさよりも、戸惑いの方が大きい。
「なあ、エルザ」
「なにかしら?」
「君は『神による決められた運命』というのを信じるか?」
「……?」
エルザは俺の言ったことの意味が分からないのか、首を傾げる。
「たとえばだが、どんな行動をしても、運命っていうのは決められている。それは『
「なにを言うかと思えば」
嘆息し、エルザは続ける。
「バカバカしいわ。神に運命が決められていようが、それを変えればいいだけじゃない。もし、悲惨な運命が決められていようとも、あなたは
「ふっ……そんなバカな。俺は粛々と破滅を受け入れるほど、殊勝な性格をしていない」
「でしょ? なら、考えるだけ無駄。あなたらしくないことを言わないで。あなたはずっと、そうしてきたはずよ。ずっと──神に
俺としたことが──エルザに気付かされた。
俺は先日の出来事を通して、『物語の強制力』というのを感じた。
展開は違うし、不完全な状態であるが……バジャルドは降臨した。
最推しのキャラ、レーナは敵として俺の前に立ちはだかった。
彼女の言動から鑑みるに、今回のことで終わりではないんだろう。目的は分からないが、彼女は魔王を降臨させようとするはずだ。
俺がどんな行動を取ろうとも、一つの決められた運命に収束していく──。
そんな大きな唸りの前にしては、俺はどちらにせよ破滅するのかもしれない……と。
だが、エルザの言葉を聞いて変わった。
────俺は神に反抗する。
たとえ運命が決められていようとも。
そんな糞ったれた
神に刃向うのだ。
この上なく悪役で、そういう意味では俺はまだ『悪徳治癒ギルドのマスター』ってのが似合ってるかもしれない。
「エルザ、これからも俺の隣にいてくれるか? 君がいると、俺は普段の何十倍も何百倍も力が出せる気がする」
「ええ、もちろんよ。私はあなたの隣で支える。勝手にどっか行っちゃ、ダメだからね?」
と茶目っけを含ませた表情で、エルザが答える。
ちなみに──ゲーム中で彼女を味方にするはずの主人公アランは、現在昏睡状態にある。
身体的には健康そのものなんだけどな。
だが、バジャルドなんていう強大な存在に、乗っ取られていたのだ。悪い影響が残っているのかもしれない。
アランには聞きたいことがある。ゆえに俺も治癒魔法をかけて、彼を目覚めさせようとしているが……どれも上手くいかない状態だった。
「とにかく今は、目の前の仕事だな。《
「私も手伝うわ」
「助かるよ」
全く……街を救ったってのに、結局やることは地味な仕事が多いんだな。
しかし俺は挫けない。
まだまだ、レーナや神がなにをしてくるか分からないし……俺は地味な仕事でもなんでもやって、破滅を完全に回避してみせる!
そう意気込んで、溜まった書類に手を付けようとすると、
「失礼します!」
カルラが勢いよく扉を開け、部屋に入ってきた。
「どうした?」
「は、はい。実はマリウスさんに緊急のお手紙が届きまして……」
緊急?
「失礼ながら、先に中身を閲覧させていただきました」
「それはいい。俺宛にくる手紙は多いからな。全てに目を通すわけにもいかないし、検閲は必要だ」
なんだろう……。
カルラの慌てた表情を見るに、タダゴトではなさそうだ。
「それで、手紙の内容ってのはなんだったんだ?」
「は、はい」
カルラは手紙を広げ、こう続けた。
「ハーランド家──マリウスさんの実家から、あなた宛に緊急の呼び出しです。マリウス、すぐに実家に戻ってこい……と」
マジで?
悪徳治癒ギルドのマスターに転生した俺が、いつの間にか聖人に? 鬱沢色素 @utuda
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