第37話 こうして聖なる光は街に降り注いだ
バジャルドを葬ってから、黒魔法士レーナの邪魔が入ると思ったが、それは杞憂だった。
「彼女にとって、俺は今倒すべき対象じゃなかったかもしれないな」
ならば──彼女にとって、バジャルドは捨て駒。
魔族でありながら、誇り高き戦士だったバジャルドを、そんな風に使うだなんて……。
最推しのキャラだったが、今の俺は彼女に怒りの感情を覚えていた。
階段を駆け上がり、とうとう時計台の屋上に着く。
「こんな時に言うべき言葉でもないと思うが……良い風が吹いている」
《
しかし感傷に浸っている場合ではない。
俺は屋上から、街の景色を眺める。
「よし……! 狙い通りだ。ここからなら街全体を見られる。これなら──」
と手をかざし、治癒魔法を発動した。
……ったく、せっかくアルクエの世界に転生したかと思ったら、悪徳治癒ギルドのマスターに転生して。
ただ破滅したくない一心で行動していたら、こんな場面に立ち会うなんてな。
運命の数奇さに、俺はなんとも言えない感情を抱いた。
──癒しの光が街全体に降り注ぐ。
時刻は夕暮れ。
白い光はまるで星のカーテンのように煌めき、夜の帷が降り始める頃の最高のプロローグとなった。
「……終わった」
肩にどっと疲れがのしかかる。
やはり、いくら魔力量を増やそうとも、バジャルドとの連戦──そして大規模な治癒魔法の発動。これだけ使えば、すっからかんになるらしい。
だが、MP回復で体を休めている場合じゃなかった。
何故なら。
「なんだ……? この静けさは」
街全体に不気味な静けさが漂っている。
治癒魔法は間違いなく発動した。俺の計算なら、至るところから喝采が上がってもおかしくないはずだ。
なのに、まるで街全体が死滅したかのように、静寂に包まれているのは不可思議だった。
「まさか……!」
──失敗したのか!?
俺は慌てて、その場を後にする。
──どうしてだ!? なにが悪かった?
時計台の屋上からでは、全体に治癒魔法を行き届かせることは不可能だった? だとしても、あの街の静けさはなんだ?
発動に失敗しただけじゃなく、癒しの光だと思っていたものは死を彩るもので──。
もっと早く地上に戻りたいが、満身創痍のせいだろうか、思ったより時間がかかってしまった。
転がり落ちるように、階段を降りていく。
「みんなっ!」
時計台から出ると、住民たちが集まっていた。
その中にはエルザの姿もある。
みんな、俺を見てぽかーんとした表情を浮かべている。
怪我は負っていないように見えるが……ならば、今のこの状況はなんだ?
「エルザ! 教えてくれ。俺の治癒魔法は成功したのか!? どうしてみんな、なにも喋らな──」
そう言葉を続けようとした時だった。
「う、うおおおおおおお! 聖人様がお戻りになられたぞ!」
「セレスヴィルを救った英雄だ! みんな、聖人様を讃えるんだ!」
「死ぬかと思った……だけど、あなたのおかげで街は救われました。本当にありがとうございます!!」
今までの静寂が嘘のように──鼓膜が破れんばかりの喝采が、辺りに響き渡った。
「へ……?」
突然の光景に、俺は言葉を失う。
「エルザ、これは……」
「よくやったわね。
そう言って、エルザはにっこりと微笑みを浮かべる。
「聖人ってのはやめてくれ。他の人はいいが、エルザに言われたらむず痒くなる。まあ──今はそんなことより状況の説明をしてくれ」
「見たままよ。あなたの治癒魔法は成功した。そしてそれをみんなが、喜んでいるのよ」
エルザから説明を聞く。
俺が時計台に向かってしばらくして、街に聖なる光が降り注いだ。
それは皆が動きを止めしまうほど、感動的な光景だったらしい。
そしてその光が体に浸透していくと、怪我を負っていた住民たちが次々と癒されていった。
きっと、これはマリウス──つまり俺のおかげだと、皆は自然と理解した。
いてもたってもいられなくなり、聖なる光が発生した時計台に、導かれるように向かった。
気付けば、短時間でこんなに人が集まり、俺の登場を今か今かと待ち侘びていた。
……ということだった。
「残っていた魔物も全て片付いたわ。だから、私もここに来たってわけ」
「なら、どうして街が静かになっていたんだ?」
「感動で、言葉を失っていたのよ。あまりにキレイな光景だったから。あなたも地上から眺めて欲しかったわ」
もっとも──一番の特等席は、あなたのいた──時計台の屋上だったかもしれないけどね。
とエルザは続けた。
「な、なんだあ……」
張り詰めていた緊張が一瞬で解け、全身の力が抜けた。
「マ、マリウス!?」
そんな俺を、エルザが慌てて受け止める。
「だ、大丈夫なの!? さすがに街全体に治癒魔法をかけるのは、あなたでも──」
「大丈夫さ。そんなに心配してくれなくてもいい。ちょっと疲れただけだ」
ここまでノンストップでやってきた。
いくら治癒魔法でも、気力までは回復出来ないしな。
これでようやく一段落ついた……と思ったら、一人で立ってすらいられなくなったというわけだ。
「そうなのね……もうっ、心配かけないでよ」
「ははは、すまんすまん。エルザにはいつも助けてもらってばっかりだな。いまいち、かっこがつかん」
ああ……こうしていると、瞼が重く……。
強烈な眠気が襲いかかってきて、瞼を開けておくことが辛くなってきた。
「……エ、エルザ……悪いが、少し眠……」
「いいわ。ゆっくり目を瞑りなさい。あなたは十分頑張った」
──頭に心地い温かさ。
この感覚はなんだろう?
そう思うが、徐々に目の前が真っ暗になり、意識も曖昧になっていった。
「……それに、かっこ悪いってこともないわ。今、あなたは一番かっこいい。私はそんなあなたのことを、とっくに──」
最後に。
エルザの言葉が遠く聞こえたが、なにを言っているかまでは聞き届けられず、俺は眠りについた──。
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