第36話 せめて、最後は一撃で

 バジャルドとの再戦が始まった。


 オークに宿ったバジャルドに──俺は刀を振るいながら、語りかける。


「おい、最強。俺の声が聞こえるか? 今のこの状況、お前にとっては屈辱的なんじゃないか?」

「グオオオオオオッ!!」


 しかしバジャルドは俺の言葉に答えず、持っていた棍棒を振り下ろす。階段の一部が崩れ落ちた。


「ちっ……もう手遅れか。分かっていたこととはいえ、少しは期待していたんだがな」


 アランの時とは違う。


 オークに宿った……とは表現したものの、事実は少し異なっている。


 いわば、今のバジャルドはオークの体と魂と混ざり合ってい、元々の人格が消滅しているのである。

 それをゲーム内では『同化』と呼んだ。

 同化というのは、単に二つの存在が一緒になるだけではない。魂と肉体が一体化し、新しい生命体として再構築されることを意味する。


 そういう意味では、もう……バジャルドは死んだ。


 異常が正常になった。

 正常な体には、状態異常回復の魔法も効かない。


「さっきみたいに、魔界に追い返すのは不可能ということだ。悪いな」


 ギリギリの戦いだというのに、まだバジャルドの身体を気遣ってしまうのは──俺も彼のキャラ性を好ましく思っていたから。


「ってなわけで、俺も覚悟を決めなくっちゃな」


 出来れば使いたくなかったが……やむを得ない。


 俺はバジャルドからの攻撃を避けつつ、アンリミテッド・ブレイクの出力をさらに高める。



 限界点まで──。



 血潮が沸き立ち、景色が鮮烈に浮かび上がった。

 体を心地いい万能感が包み、全ての能力が飛躍的に向上しているのを感じる。


 ゲーム的にいうなら、今の俺の残りHPは『1』。


 少しでも攻撃が擦れば、即ゲームオーバー。こんなバカな手は、誰も使わない。


 だが、背水の陣で高めた力は、バジャルドとタメを張った。


「お前も不本意だよなあ。最後はそんな醜い体で、誇りもなにもない戦いを強いられている」


 棍棒を振り回し、バジャルドが突っ込んでくる。

 俺は細心の注意を払い、余裕を持って回避する。


 いつ一撃くらって、死んでしまうか分からなかった。

 だが、こちらの一撃を外せば、大きな隙が生じる。


 ゆえに俺は死の恐怖を抑え込め、焦らずにバジャルドの動きを見定める。


「知ってるか? お前、本来ならもっとふさわしい場所で死んでたんだぜ? なのに、俺がストーリーを改変しちまったせいで、こんなゲーム序盤に現れた」


 ゲーム中のバジャルドは厄介な敵ではあったが──戦いに誇りを見出していた。

 確実な『悪』でありながら、一貫性の取れた行動に、多くのプレイヤーが惹かれたのだ。



 しかし──そんな誇り高き戦士であったバジャルドは、もうこの世にいない。



 いるのは醜悪な体に同化し、この戦いの意味すら分からず、ただ殺戮本能に従うだけの獣だ。


「いいぜ。俺が介錯してやる。お前は俺にこれっぽっちも思い入れはないだろうが、こっちはそうじゃないんだね」


 せめて最後は、一撃で。


 苦しませずに──。


「グオオオオオオッ!!」


 俺の声が届いたわけではないと思うが、バジャルドが渾身の一撃を放った。


 しかし俺は回避し、息を整える。


 一方のバジャルドは攻撃が外れたことによって、僅かにその巨体がぐらついた。


「今度こそ、本当の別れだ。最強よ、恨むなら彼女ラスボスを恨んでくれ」


 振り上げた刀の煌めきは、雪原の銀世界のような冷ややかな孤独を帯びていた。




「雪花族奥義──『雪月一刀』」




 ──あのダンジョンで、エルザの一刀を見た時。


 俺は彼女の技に、心奪われた。


 世界ゲームのシステムの隙につけいったわけでもなく、ただ純粋な強い一撃──。


 あれから俺は彼女の奥義を体得出来ないかと、影でこそこそと試行していた。


 結果、『アンリミテッド・ブレイクを限界まで出力する』でしか再現出来ないと悟り、諦めかけたが……まさかここで使うことになるとはな。


 俺の一刀は、バジャルドを両断した。

 瞬間、彼は嬉しそうに笑った──ように見えた。


 真っ二つに斬り裂かれた体は、そのまま階段から落下していく。


 最後の声もなく、切なく。


「……なあ、バジャルド。お前、もっと強かったんだよ。俺が奥の手を使っても、お前に勝てないくらいに……な」


 俺が勝てたのは、やはりバジャルドが完全体じゃなかったからだ。


 誰かと同化せず、バジャルド本体が降臨していれば、勝敗は違っただろうが……ifの話をしてもしょうがない。


「行こう」


 刀を納め、俺は時計台の屋上に向かって走り出す。

 この糞ったれた物語ストーリーに、終止符を打つために。

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