第35話 唯一、愛した女

 俺は街全体に治癒魔法をかけるため、セレスヴィルで最も高い建物──時計台に足を踏み入れていた。


 ここに来るまでも、魔物にはほとんど遭遇しなかった。直に《大襲来ラッシュ》も収まるだろう。


 なにも心配することはないと思うが──胸騒ぎがする。

 災厄はまだ終わらない……と。


 俺は嫌な気持ちを抑えながら、時計台の天辺を目指すため、階段を駆け上がっていった。


 もう少しで屋上に着くところであったが、


「マリウス!」


 途中で俺の前に立ち塞がったのは、地上にいるはずのであった。


「この先に進んじゃダメ! これは罠よ! あなたは騙されている。早く時計台から出て……」

「黙れ」


 しかし俺は間髪入れずに刀を抜き、彼女を一閃する。

 彼女はギリギリのところで攻撃を躱し、距離を取って、戸惑いの表情を浮かべた。


「ど、どうして……」

「そんなもので俺を騙せると思ったか? エルザはな、俺の命令に反した行動を取るほど、勝手なやつじゃねえよ」


 呆れるくらいに──仕事に真面目な女だ。


「それに、その腰に差している刀はなんだ? 俺の持っている刀と同じに見えるが? どうして、俺に渡した刀を持っている。細部を誤ったな」

「……っ!」


 そう指摘してやると、エルザ──いや、エルザの姿をしたかがすっと表情をなくす。


 そして髪を掻き上げて、




「ふふっ。なーんだ、つまんない。もう少し、遊んでもらおうと思ったけどね。君、彼女のことをよーく見ているんだ。嫉妬しちゃうな」




 体に闇を纏う。


 同時、巻き起こる突風。


 やがて彼女が纏っていた闇が消失する。

 そこにはエルザではなく、別の可憐な少女の姿があった。



「お前が黒幕だったんだな……レーナ」



 と俺はエルザの姿を偽っていた彼女──レーナの名前を呼んだ。


「へえ、私のこと知ってるんだ? 姿で、あなたにお会いするのは初めてだったと思うけど?」

「分かるさ。お前がそうでも、俺はそうじゃない」


 彼女は俺がなにを言っているのか分からないのか、首を傾げる。


 レーナ。


『アルカディア・クエスト』──アルクエのラスボスとして、主人公アランの前に立ちはだかった女だ。


 彼女の正体は黒魔法士。

 魔法で変装し、至るところでアランの前に現れていた。そのことをゲーム終盤で明かされた時は、驚いたものだ。


 見た目は活発で明るい印象を抱かせる女で、プレイアブルキャラとして現れてもおかしくないほどビジュアルがいい。

 実際、元々はメインヒロインとして作られたという噂が流れたこともあったな。


 優れたビジュアルに、ミステリアスな言動。


 彼女とのラストバトルも感動的で、戦闘BGMとしてゲームのOPの曲が流れた時は鳥肌が立ったものだ。


 そのような理由もあり、レーナは他のヒロインたちを押しのけて、アルクエの人気キャラ投票で一位に輝いた。


 彼女のことが好きなのは、俺も同じである。


 俺が唯一、あいした女だった。


「ふうん……でも、不思議だね。なんだか、私もあなたに初めて会った気がしないや」


 くすくすと笑うレーナ。


 ゲーム内の最推しキャラに出会えて、歓喜するところだったが……残念ながら、今はそうじゃない。


 本気バジャルド以上の強さのラスボスレーナは、今の俺にとって最悪なのだから。


「実際、初めてじゃないだろ? お前は最初から、俺と接触していた」

「…………」


 俺の話に、黙って耳を傾けるレーナ。


 気づくのが遅すぎた。


 俺が転生して、初めて出会った人物──それはエルザでもなく、醜悪な顔をした男、ゲスオ。


 よくよく考えれば、おかしかった。


 モブキャラだから、そんな適当な名前なのか……と当初は思っていたが、ゲームで再現されなかった細部は、違和感がない程度に補完される。

 カルラがいい例だな。彼女もゲームでは登場しなかったものの、ここではちゃんとした性格と名前が与えられた。


 なのに、適当な名前にテンプレのようなゲスな台詞。


 間違いない──ゲスオは変装したレーナだったのだ。


「他は確証はないが、ゲスオだけじゃないだろ? シャングリラの店長もお前が変装していたか? 冒険者ギルドでも、B級ダンジョンがF級ダンジョンとして提示されていたな。ギルドの職員として忍び込んで情報を操作したのか? そのような者たちに変装して、俺の行動を見張っていたに違いない」

「ふっふっふ……」


 俺が推理を披露すると、レーナは楽しそうに笑いを零した。


「驚いた。そこまで気付いていたんだね。全部、正解だよ。褒めてあげよっか?」

「なあに、誇れることでもないさ。実際、《大襲来ラッシュ》が起こるまで、俺はお前の存在を疑うことすらしなかった。もっと早くに気付けていれば、こんな事態にはならなかったものを」

「賢明なだけじゃなく、謙虚な心を持ち合わせている。元々そうじゃなかったよね? やっぱ、君は変わった。なんでかな?」

「…………」


 まさか転生してきたことを伝えられるわけもなく、沈黙で応える。


「だんまり……か。だけど、私はもっと君とお話ししたい。お礼に答え合わせをしてあげよっか」


 だが、レーナは気にした素ぶりを見せず、話を続ける。


「君も分かってると思うけど、この《大襲来ラッシュ》は私が引き起こしたもの。理由は魔族の降臨。

 本当は吸血鬼を使って、やるつもりだったけど……君に潰されたからね。あーあ、惜しかったのになあ。あと少しで成功するところだったのに」


「その目的は果たされたじゃないか。現に、アランの体にはバジャルドが宿った」


「あんなの不完全だよ。せっかく旅商人に紛れて、あの男に黒魔法を施したのにね。そしてバジャルドを無理やり降臨させたけど……本当は君かあの女──エルザって言ったかな? 彼女を依り代にしたかった。当初の計画はそうだったしね。

 だけど──君はある日を境に変わった。そのせいでエルザの心の闇も晴れて、魔族の依り代にするのは不適格になったんだ。急増であの少年の体を使ったけど……やっぱりダメだね。失敗しちゃった」


 実際、ゲーム中で魔族は最初、エルザに乗り移った。




 ──俺がストーリーを改変したからなのか?




 ゲーム通りに進むなら、エルザに乗り移るはずのバジャルドは、俺が転生した影響でアランになった。

 ゲーム終盤で起こるはずだったイベントも、ストーリー改変のせいで、こんな序盤に起こった。

 僅かな変化でも、大局だと大きな変化になりかねない。バタフライエフェクトというやつだ。


 その結果、ゲーム序盤の街なのに、俺はこうしてラスボスレーナと対面している。


「お前の最終的な目的はなんだ?」

「なんだと思う?」

「さあな。俺には見当もつかん」


 実際、ゲーム中でもラスボスとして立ちはだかったレーナであるが、その行動理由は不明なままエンディングを迎えた。

 噂では、近々発売される『アルクエ2』で、本当の理由が語られると聞いていたが……お生憎、その前に俺は転生してしまったので、分からずじまいだ。


「だが……これから、お前がしようとしていることは知っている」


 ゲーム内の知識と照らし合わせて、俺は答える。


この世界に干渉していない、魔王を降臨させるつもりだろ?」

「正解」


 にっこりと、人懐っこい笑みを浮かべるレーナ。


 ゲーム序盤で明かされる設定では、世界に蔓延る魔物は魔王のせいだとされていた。

 その魔王を討つため、主人公アランは旅に出るのだ。


 しかし実際は違った。

 まだ、魔王は降臨していないし、この世界になんら影響も及ぼしていない。


 レーナは魔王を降臨させて、なにかをしようとしている。それが世界征服なのか、はたまた別の理由なのか……明かされていない。


「やっぱり……君は変だね。預言者かなにかなのかな? それとも、別の世界からやってきたとか?」

「答えると思うか?」

「ううん、思わないよ。だから私も答えない」


 そう言って、レーナは天井に視線を上げる。


「ここ、結構広いんだね。これなら少々戦っても、建物が崩れそうにないや」

「なんだ? 俺と戦うつもりか? 邪魔者である俺を排除するために──な」

「ご名答。だけど、君が考えていることとはちょっと違うかな」


 とレーナはパチンと指を鳴らした。



「君が戦うのは、そいつ──バジャルド、なにかだ」



 俺とレーナの間に、召喚されたのは一体のオーク。


 だが、普通のオークと違う。


 オークは邪気を身に纏い、殺意のこもった目で俺を見下ろしていた。

 その好戦的な瞳は、バジャルドを思わせるかのよう。


「──っ! まさか、レーナ!」

「うん。今度は、そのオークの体にバジャルドを宿らせてみたんだ」


 そう笑うレーナは恐ろしく妖艶で、玩具を壊す無邪気な子どものように見えた。


 その美しさに、ぞっと鳥肌が立つ。


「人間の体に宿らせるのとは訳が違うぞ!? 魔物なんかを依り代にしたら、魂が……」

「完全に同化しちゃうね」


 あっさりと答えて、レーナは宙に浮く。


「君の相手は、その子。せっかく四魔天を一人潰して、融合した魔物だよ? 存分に楽しんでね」

「待て。話はまだ──」


 手を伸ばすが、その前にバジャルド──と融合したオークが立ち塞がる。その間にレーナは消えてしまった。


「ちっ……逃げられたか」


 舌打ちをする。


 まだ、なにも聞いていない。さっきのは答え合わせをしただけだ。真相を明かされない限り、何度でもレーナは俺の邪魔をするだろう。


 彼女の口から語ってほしい。


 だが、その前に……。


「まずはこいつを、なんとかしなくっちゃな」


 悲しい獣に成り下がった、ゲーム最強の好敵手に──俺は刀を向けた。

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