【短編】暴力系ヒロインをキスで黙らせるラブコメ

夏目くちびる

第1話

 ――んちゅ……っ。



「……っぷはっ!? は、はぁ!? いきなりなにすんのよっ!! き、き、キスは恋人同士でなきゃしちゃいけないのよ!?」

「いや、殴られたくないし、顔近いし。キスしたら、黙ってくれるかなって」



 言うと、カスミは顔を溶鉱炉のように真っ赤っ赤に染めてポケーっとした顔で固まった。その顔があんまりにも間抜けだったから、更に唇にチュと触れ合うだけのキスをすると、彼女は目をグルグルと回してぶっ倒れてしまった。



「どったの?」

「ほぇ〜……っ」



 金髪のツインテール、性格のキツそうなキツネ顔、その顔通りのドギツイSっ系のある性格とツルペタな体躯を持つ彼女は、面白いくらいに照れてしまって言葉を失っているのに、唇の感触に心を奪われたからか、俺の顔を見ると未練がましく唇をすぼめて少しだけ俺の方へ起き上がろうとした。



「いや、求められても困るけど」

「う〜っ!! うぅ〜うぅ〜う〜ぅ〜っ!!」

「キス、気持ちよかったの?」

「そ、そんなワケないでしょ!? 意味わかんないこと言わないでよ! この色情魔っ!!」



 ……まぁ、彼女が俺を好きなことはとっくにお見通しだし、俺も俺でそんな不器用な彼女が大好きなワケだが。



 どういうワケか、カスミは恋愛を恥ずかしいモノだと捉えているフシがある。好きになった方が負けだし、先に告白したら負けだし、他人に悟られたら負けだと思っているしで、俺の身にちょっとしたラブコメ的イベントが発生する度に俺のことをポカポカと叩くのだ。



 それが、照れ隠しだけだというのならまだしも。他の女の子と話をしているだけで浮気者と宣う始末。嫉妬深さもひとしおで、彼女は隙あらば俺をぶん殴ろうとする不器用の極地のような女の子と言える。



 いやいや。



 そんなに好きでいてくれているのなら、素直になってくれれば俺だってちゃんと告白するのに。反発するように、本当にかわいくもない反応ばかりみせるせいで、いち高校生である俺も強情になってしまって、素直に告白する気にもならず、だからこうして実力行使に出てみたという話なのだった。



「き、ききき、キス!!」

「そうだね。俺たち、キスしちゃったね」

「こちとら、ファーストキスだったのよ!? 人生で一回しか味わえない感動なのよ!? それを、こんな昼休みのクラスのど真ん中で!! なんのロマンティックも無しにするなんて!! あ、あ、あんた! マジでありえないからっ!!」



 そんなこと言われましても。



「胸ぐら掴んで、ギャーギャー騒ぎ立てて。けれど、カスミは女の子なんだから男の俺が力尽くで振り払うワケにはいかないだろ? そんなの、男らしくないだろ? かと言って、ガタガタ能書きこいて言い訳つらつら積み重ねても、結局はいつも通り殴られるだけだろう?」

「そ、それは――」

「だから、キスで黙らせた。俺は、もうカスミの暴力を受けるつもりはないよ。痛いのは嫌だし、必ず抵抗するって決めたんだ」



 すると、カスミは目尻に涙をいっぱい浮かべて悔しそうな顔をしてから踵を返すと爆速で教室を出ていった。



「これで勝ったと思わないでよねっ!?」



 放課後。



 部活の後輩の女の子に忘れ物を届けてもらったので、お礼に缶ジュースを奢って二人で自販機の前で一服ついて別れた後、どうやら俺を探していたらしいカスミに追い詰められていた。



「なんで教室にいなかったのよ。今日は、私の掃除当番手伝ってくれる話だったでしょ!?」

「それって一方的な約束だったし、失くなったと思った物を見つけてくれた後輩の方が優先すべきだと思った」

「なにそれ!? だったら、最初っから断ればいいでしょ!? ハッキリしないんだから!!」

「ハッキリしたら、それはそれで不機嫌になるクセに」

「なによ!! あんたねぇ!?」



 ――んちゅ。



「!?」



 ――ぬちゅる、れろれろ。ちゅ、ちゅぱれろ。



「〜〜〜〜っ!!!!」



 大きく腕を振り上げたところで、俺は再びキスをブチかました。しかも、昼間のとはワケの違うディープなヤツ。洋画でよくみる、いわゆる大人のキスとやらを見様見真似で実践したのだ。



「……あぅ♡」



 しかしながら。



 官能的な感触は、仕掛け人の俺が沼ってしまいそうな気持ちよさだ。これは、俺自身が自制心を持っておかなかれば分からせが成立しなくなるから気をつけよう。



「反省した?」

「えぅあぅ♡」



 気にする必要が無かった。



 カスミは、すっかり唇と舌の感触に魅了されて顔を真っ赤に染め上げ、まるで阿呆のように言葉を発せず、しかしもう一回欲しいのか。離れもせず吐息の当たる場所で俺の唇を見ながら、プルプルと震えてちょんと俺のシャツの袖を摘んだ。



「もう叩かない?」

「う、うん」

「ちゃんと話し合いで解決出来る?」

「う、うん♡」

「なら、許してあげる」



 そして、俺はカスミから離れた。



 まぁ、当たり前の話だ。俺は、分からせるためにキスをしているのだから、言うことを聞けばキスはしないに決まっている。これはあくまで、女に手をあげないという俺の信念に基づいた仕返しなのだから、返すことがなければカマす必要だってないという話なのだ。



「え、えぇ? 終わり……?」

「だって、反省したんでしょ?」

「な、なんでよぉ〜……っ」



 クネクネしながら涙目になるカスミを見て、俺は帰路に着いた。



 フラッシュアイデアながら、この二律背反はとても面白い反応を見られる代物だと内心ワクワクしたし、実際、俺が恋する女の子はとても興味深い挙動で俺を楽しませてくれることとなった。怒ったらキス。生意気言ったらキス。彼女が危険なオーラを発するたびに、俺はそれを迎撃して分からせ続けた。



 そんな生活がしばらく続いた、とある日の放課後。



「ね、ねぇ」

「なに?」

「私、今日はちゃんと待っててって言ったような気がするんだけど。どうしていなかったの?」

「連絡の通り、急用でバイト先に行ってた」



 以前なら、ここで妙に嫉妬して根掘り葉掘り聞いてきたり、どうしていいか分からなくなって暴走したりしてたんだけど。



「ふぅん。ま、まぁ、そういうことなら別に」



 おっかなびっくり、俺の考えを察して下手な口を突っ込まないようになっていた。



 俺は最初、キスが怖いから黙ったのかと思っていた。それならそれで、ぶん殴られずに済むという一つの解決になっているから、概ねオッケーと考えていた矢先。



「でも、寂しかったからね!?」



 まるで、拗ねている態度は隠していないと言うか。むしろ、カスミがカスミなりに『自分は怒っている』と伝えて来はするのだ。



 理性的に怒るというのは、なんとも奇妙な話ではあるが。しかし、ネタが割れてみればその理由は一目瞭然。



「お、怒ってるから」



 要するに、彼女はキスして欲しくて仕方ないのだ。



 怒らなければ、キスはしてもらえない。しかし、あの官能が脳裏を過ればムズ痒く嬉しくなってしまって、ぶん殴るほど怒ったりも出来ない。



「ごめんね」



 そうすれば、もちろん俺がキスをする理由も無くなってしまうワケで。それでも、カレシでもない男に自分から「キスして」だなんて強がりな彼女が言えるワケもなくて。



 結果、カスミは物欲しそうな顔をして俺を見上げるだけで、切なく感情を噛み殺すしかないのであった。



「うぅ……っ」



 白状してしまうが、俺はそんな彼女の反応がかわいらしくて仕方なかった。



 元々、強がりで意地っ張りで不器用な純粋さに惚れているところがあったし。殴ると言ったって、別にフィクションではなくただの女の子の細腕程度の代物だから本気で嫌がっていたワケでもないし。



 ただ、怒ってしまうくらい本気で生きているというのは、何をするにも頭で考えなければ気が済まない俺には決してあり得ないファクターであって、ならば、そんな萌要素を何にもコーティングせず、わがままという形でアウトプットすれば男としてグッときてしまうのは自明の理なワケだ。



「ねぇねぇ」

「なんだよ、改まって」



 向き直ると、カスミは俺のシャツを指先で摘んで俯いた。



「言うこと、聞かせてよ」



 ……どうやら、この恋愛の支配者は俺ではなかったらしい。



 ――ちゅ。



 俺は、妙に恥ずかしくて照れくさくなった心をごまかすよう、カスミに拙い愛を伝えた。

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【短編】暴力系ヒロインをキスで黙らせるラブコメ 夏目くちびる @kuchiviru

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