第14話

「オーダーメイドだから一週間はかかるって言ってたな」

「ええ、魔法ではないからすぐには作れない」

「べ、別に文句を言いたいわけじゃねぇよ」

「一週間そわそわしちゃう〜って話でしょ」

「そわそわなんてしてねぇし!」

 顔を赤くして否定するエイデンの動きはピルチャの言う通りだ。新しい武器が楽しみでしかたがないといった、まさしくそわそわという言葉がお似合いだ。

「そ、そういうピルチャはあれだろ? 俺の剣ができるまでの一週間はこの街に滞在できるから花畑を満喫できて嬉しい、てんだろ?」

「ええ、もちろん!」

「素直かよ」

 首を思いっきり縦に振るピルチャにエイデンは苦笑しつつも、ピルチャの楽しそうな姿を見てエイデンも嬉しそうだ。

 その姿を見て、本当は鍛冶屋の職人に、他の仕事を蹴ってでも急いで作れますがどうしますかと聞かれたのだが、断って正解だったとフィリアは思った。

 人の人生はそう長くはない。しかしそう生き急ぐものでもないだろう。今は昔と違って、比較的平和な世の中なのだから。

「フィリアさん! 私あそこのカフェテリアでお茶をしたいです!」

「さっきも茶飲んだろ」

「雰囲気が全然違うでしょ!」

 駆け足で花の中を駆けていくピルチャを、エイデンも追いかけた。そのあとをフィリアが続く。

「これで好きにしていて」

「えっ」

「私は少し手紙を読みたいから」

「ああ、なるほど、わかりました! じゃあ私とエイデンはここでお茶と景色を楽しんでいますね!」

「ええ」

 しっかり者のピルチャにいくらかの金銭を渡し、二人をカフェテリアに置いてフィリアは花畑の奥の方まで進む。

 一面が花で覆い尽くされた景色はとても綺麗だ。観光客がたくさんいるもの頷ける。

 しかし今は人の少ないところでゆっくりと弟子からの手紙を読みたい。フィリアは人気ひとけの少ないところまで移動して、腰を下ろした。

 破れてしまわないように慎重に封を切り、手紙を取り出す。

「フィー?」

「観光客の前で姿を現しては駄目。ここでおとなしくしていて」

「フィ!」

 腰を下ろしたフィリアのすぐそばでエドを待機させ、フィリアは手紙を読んだ。

 内容はドキドキハラハラする冒険譚、などではなく普通の、弟子から師匠に宛てた自分の今の身の回りの話だった。

 フィリアの身を案じる言葉と、そしてフィリアが居ない間ひとりぼっちだったであろうエドワードを気にする言葉。

 どれもこれもがケイヤーらしい、気遣いで満ちた言葉だった。

「ヤー?」

「エドは文字を読めないんじゃないの?」

 エドはぴょんとフィリアの肩に飛び乗ると手紙の中身を覗き込んだ。

 魔獣に人の字を読めるとは思えない。しかもこれは今の主流の文字ではなく、当時の言葉。読める人は限れているだろう。

「……ヤー」

「どうしたの、どこか痛い?」

 フィリアの問いに、ふるふるとエドは体を横に振る。

 鳴き声がどこか悲しそうな声色に感じるのは気のせいだろうか。

「……この手紙には私やエドワードを案じる言葉が書いてある。手紙の差出人のケイヤーという弟子は元々騎士団に所属していた。だからエドワードに剣の指導をしていたから、私の弟子の中でもとくにエドワードを気にしてくれていた」

「ヤァ……」

「いい子よ。エドワードも、ケイヤーも。私の自慢の弟子。幸せな人生を歩んでくれたようで、本当によかった……ええ、本当に、よかった」

 百年ほどの月日が経った頃に届いた弟子からの手紙に、フィリアの頬を伝うなにかがある。

 それは目元から流れ出し、顎先から地面に落ちる。

 力加減を間違えて手紙を破ってしまわないようにフィリアは気をつけながら大切な宝物を懐にしまう。

「フィ……」

「違う、違うの。これは悲しくて泣いてるんじゃない。嬉しくて、勝手に溢れてきただけだから」

 涙を拭って気にしないでと笑うフィリアに、エドはそっと寄り添って、ぴょんと肩から降りると花の中へと姿を消してしまった。

「……いちおう言っておくけど、ここの花は食べては駄目だからね」

 スライムは雑食だ。花を食べることだってあるだろう。

 この花たちはこの街で管理されている、貴重な観光資源だ。いくらお腹が空いていたとしても、さすがにそれに手を出させるわけにはいかない。

「エド」

 返事はない。

「エ」

「フィー!」

「わっ!」

 もう一度、エドの名を呼ぼうとすると、エドが元気よく花の中から姿を現した。

 その頭には一輪の黄色の花が乗っていた。

「フィ」

「……もしかして、これを、私に?」

「フィー!」

 フィリアの言葉に、エドは肯定するように笑顔を見せた。

 手を伸ばし、フィリアはエドの頭上の一輪の花を髪飾りのように髪に通した。

『ほら、これフィリアの目と同じ色!』

 少年が笑う。

『さっき庭でとってきたんだ。フィリアにあげる!』

 自分のことかのように、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、一輪の花を差し出す愛しい弟子。

「フィー!」

 あの子がくれた花もこれと同じ黄色の花だっけ、とフィリアは思い出してエドの頭を撫でた。

「ありがとう、嬉しい」

 フィリアが礼を言うと、エドは周囲に負けないくらいの笑顔を咲かせた。

 その笑顔が、いつかの思い出エドワードと重なって見えて、フィリアは目を細めた。

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このスライムやけに私に懐いてくる 西條 迷 @saijou

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