第13話

 馬車で丸二日をかけて目的の街にたどり着いた。

 ここはフィケトーで三番指に入る大きな街だ。いわゆる地方都市というもので、人口だけではなく観光客も多い。

 人口に比例して街も大きく、観光客の目当てはこの街のすぐ近辺にある花畑だ。


 花畑といってもただの花が咲いているだけではない。季節を問わずに咲き乱れる多種多様な花に、その花を鑑賞しながらお茶を飲めるカフェテリアも充実している。

 もっぱらの観光客はそこに集中するが、冒険者や狩人などの観光以外でこの街に訪れる人も少なくない。

 それこそ武器を新調したいと言ったエイデンと同じく鍛冶屋に用がある人々だ。


 街の入り口は花の街らしくいろんな花で彩られているが、街の奥の方へと進むにつれて、街の空気は一変する。

 鮮やかな色から黒に近い色へと近づくのだ。街の奥側には大きな山がひとつあり、その山では鉄がとれる。なのでここは元々鉄の街として有名だった。

 多くの鍛冶屋が店を連ね、花を愛でる人よりは鉄を打つ男たちが多い街だった。それが近年――およそ百年ほど前――山側とは逆に位置する豊かな土壌に鍛冶屋の職人の妻たちが種を植えたことにより、たくさんの花が咲き乱れるようになった。

 そうして鉄の街から花の街へと変貌し、観光客で溢れる三大都市の仲間入りを果たした。

 最初こそ鉄の男たちと花を愛でる人々との間でいざこざもあったようだが、今は過ぎ去った話だ。

 街の奥は鉄の街、街の入り口は花の街と棲み分けを明確にしたところで話は落ち着いたらしい。


 というのがピルチャが持っていた観光ガイドの本に書かれていたこの街の歴史だ。ちなみにフィリアはこの街がまだ鉄の街と呼ばれていた頃に一度だけ弟子の付き添いで来たことがある。

 どれだけ時代が変わろうとも、ここの鍛冶屋の腕はおそらく世界随一だろう。フィリアが武器を使うことはないが。


「ここが花の街……! 街に入る前から花畑が見えていたけど、はやくあそこに行きたいわ!」

「バッカ、俺の用事が先だろ! 鍛冶屋!」

「花!」

「剣!」


 ピルチャも年頃の女の子といったところだろうか。色鮮やかな花に目を奪われて、本来の目的を忘れてしまったようだ。

 それをエイデンが訂正し、喧嘩が勃発した。と言ってもふたりの口論はよくあることだ。気にすることではない。


「なによ、もうっ! これだけ意見がわかれるなら別行動をすればいいじゃない」

「人が多いから迷子になるよ。私についてきて」

「……はーい」

「おう!」


 二人の口論は慣れたものだ。どうせすぐに仲直りするので特に気に留める必要はないが、別行動を取られてはフィリアが困る。

 なのでフィリアは先にエイデンの武器を選びに街の奥へと歩みを進めた。

 彩度が落ち、黒や灰に近づく街色にピルチャは少し面白くなさそうな顔をしていたが、それでも渋々フィリアたちについてきていた。

 ピルチャのためにもはやめに済ませよう、とフィリアは鉄の街の唯一知っている鍛冶屋に顔を覗かせた。


「おおん、らっしゃい。これはこれはかわいらしいお嬢さんじゃないか。うちになにか用かい? ここに花はねぇぜ?」


 鍛冶屋で鉄を打っているのは三人だった。そのうちの一人、一番背の低い男がフィリアたちの存在に気がつくと声をかけてきた。


「別に花を見にきて迷子になったわけじゃない。剣を作って欲しくて」

「お嬢さんが剣を振り回すのかい」

「いえ、この子用のものをお願い」


 そう言ってフィリアはエイデンの背を押す。すると一歩前に出たエイデンの姿を職人はマジマジと観察した。


「おお、そっちのぼっちゃんのかい。なるほどなるほど、わーった」

「えっ、フィ、フィリア。作るって、オーダーメイドってこと? それって高くつくんじゃ」

「……? そんなに値段って気にするもの?」

「するだろ、普通!」

「エイデン。フィリアさまの金銭感覚が私たちと違うことを忘れた?」

「ああ……そういえばそうだったわ……」


 首を傾げるフィリアに大声を上げたエイデンだったが、ピルチャの言葉で納得したのか頭を押さえた。


「貢がれている気分になるぜ……」

「その気持ち、わかるわ。あの高潔の魔女さまに魔法を教えてもらえるだけでとっても光栄なことなのに、その上一緒に生活できるなんて、私ってば前世でどれだけの徳を積んだのかしら」

「高潔の魔女だって⁉︎」


 ピルチャの何気ない言葉に、鍛冶屋内がざわめいた。

 職人たちは顔色を変え、フィリアたちを接客した男の妻らしき女性に至っては驚きのあまり運んできたお茶を落としてグラスを割ってしまっている。


「ななな、なんとあの高潔の魔女がまたうちの店に来てくれたって……おおい、はやく、はやくお茶をお出しろい!」


 職人は慌てて妻に声をかける。奥さんは急足で奥へと戻っていった。


「別に気にしなくていいわ」

「いやいやいや、そうはできんですって。高潔の魔女といえばうちの家内のご先祖さまのご友人のお師匠さまじゃねぇか」

「……そうなの?」

「ええ、そうですそうです。うちの家内のご先祖さまにはとあるご友人がいましてねぇ。その方の名前がケイヤーって言うんですが、なんでも貴方さまのお弟子さんらしいじゃないですかい」

「ああ、ケイヤーね。たしかに彼を連れてこの店に来たことがあるわ」

「ええ、ええ。それで当時のうちの当主と気があって、ケイヤーさんはうちの近くで暮らしていた時期があったとか」

「そう。たぶん私が牢に入れられている間のことね。その頃には彼、相当歳をとっていたはずだけど、よかった。最後の時を幸せに過ごせたのね」

「いんやぁ、滅相もない! こっちはもうケイヤーさんのおかげでいつも助けられていたってよく家内の両親から、それはもう耳にタコができるほど聞かされて……まぁ、その二人も先祖代々語り継がれた話として語ってましたがねぇ……いやぁ……なんというか、感慨深いものを感じますわい」


 職人はうんうんと頷き、うっすらと目頭を潤ませた。

 フィリアがこの街、この鍛冶屋に来たのは一度きりで、弟子のケイヤーの武器の新調に来ただけだ。

 その時、たしかにケイヤーはその当時の職人と馬が合って仲が良くなっていたが、まさか最後の時をここで過ごしていたとは知らなかった。

 思わないところで弟子の話を聞けて、こちらとしても嬉しさが胸を込み上げる。


「ケイ、ヤー……さんって?」

「私の昔の弟子。元々騎士団に所属していたから剣の腕が良くて、魔法だけではなくそっちにも精通していた器用な弟子だったの」

「へぇ」

「ヤー!」

「うおお!」


 ピルチャの問いに答えると、急に懐からエドが飛び出してきた。

 職人が悲鳴をあげて後ずさる。


「エド」

「ヤー! ヤー!」


 フィリアの声が聞こえているのかいないのか、エドは楽しそうに熱気あふれる鍛冶屋の中をぴょんぴょんと飛び回った。


「まーた変な鳴き方してんな」

「エドくんって本当不思議なスライムさんだよね」


 今までたいして気にはしてこなかったが、ピルチャの言う通りエドは変わったスライムだ。

 表情豊かで、魔獣のくせに人を襲わず、なにより鳴き声が他のスライムと異なることが多い。

 長い人生を歩んできたフィリアでさえ、エドがよく鳴くフィーという鳴き声を、エド以外のスライムからは聞いたことがなかった。

 スライムは警戒しているときなどにキーと甲高い悲鳴のような鳴き声をあげることがあるが、フィーという鳴き声はそれとは音の高さも鳴くタイミングも異なる。

 魔獣の言葉は理解できないのでわからないが、基本的にエドがフィーと鳴く時は機嫌がいいときが多いと思う。のでそこまで気にしてこなかった。


「このスライムは……魔女さまのペットかなにかで?」

「ええ。エドという名をつけたの」

「へぇ……噛みませんかい?」

「噛まないわ。たまに体当たりすることはあるけど」

「わしは今腰をやっちまってるんで近付かんといてもいいですかな」

「ええ、そうして」


 腰を労わりながら苦笑する職人にエイデンの武器の新調を頼み、店を出る。


「あっ、あのお茶をっ」

「ああ、そうだった。ならちょっとだけ」


 わざわざ店の前までやってきた妻に申し訳がないので、フィリアは鍛冶屋の近くで腰を下ろし、出されたお茶を飲んだ。

 エイデンは初めてのオーダーメイドの武器に胸を躍らせて、すぐにお茶を飲み干してしまった。


「あの、私の祖先に……」

「ええ、ケイヤーの友人だったそうね」

「はい、はい! それで――」


 興奮気味の妻は先祖から語り継がれてきた話を語る。

 ケイヤーとその友人はもう居ない。しかし彼らが遺した物や、語り継がれてきた思い出をたくさん聞かせてくれた。

 楽しそうに先祖の話をする妻の姿を見て、かつての弟子がいかにこの地で愛されていたかを実感してフィリアは頬を綻ばせた。


「ヤー……フィー」


 フィリアの弟子の話には興味がないのかエイデンとピルチャは二人で話し始め、妻の話をうんうんと頷きながらフィリアは聞いた。その隣ではなぜかエドも楽しそうに一緒にケイヤーにまつわる話を聞いていた。


「ありがとう。とても楽しい時間だった」

「いえいえ、そんな。私こそありがとうございました。最後にこれを……」


 お茶を飲み干したフィリアは席を立ち、妻に礼を言う。すると妻は深々と頭を下げ、ハッと思い出したように顔を上げると懐からなにかを取り出してフィリアに差し出した。


「なにこれ、手紙?」

「ちょっとエイデン、勝手に覗き込んだら駄目じゃない」

「別にいい」


 後ろからひょっこりと顔を覗かせたエイデンの言う通り、妻がフィリアに渡したのは手紙だった。

 白かったであろう紙は随分と黄ばみ、四隅は角が丸くなりつつあった。


「これは私の家にずっとあった、ケイヤーさん直筆のお手紙です。いつかまた、ケイヤーさんの師匠がこの地にやってきたら、ぜひとも渡してほしいと。何代も前から託されてきたものなんですよ」

「そう。それは迷惑をかけたわね。ありがとう、たしかに受け取りました」

「いえ、ああ……この手で渡せてよかった」


 感動する妻から手紙を受け取り、懐に忍ばせる。


「エド、これは食べては駄目。わかった?」

「フィ」


 フィリアの言葉にエドは体を振って頷いた。


「え、今読まねぇの?」

「馬鹿ね、エイデン。思い出の人からの手紙はじっくり読みたいものでしょ?」

「そういうもんか? まぁ、お前が言うならそういうもんなんだろうな」


 納得するエイデンたちを連れて、街を出た。

 花の街と言われる所以である、ピルチャが楽しみにしていた花畑を見るためだ。

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