第12話

 朝日がのぼり、宿を出るとシャルルが立っていた。


「やぁ、おはよう」

「おはよう。どうかした?」

「いや、宿代を出してもらったから、お礼を言いたくて」

「別にいいのに」


 その礼なら昨日も聞いたのだが、律儀な人だ。

 お礼に返せるものがなくて申し訳ないと言うシャルルに気にしないようにと言い返すと、シャルルは笑ってまた礼を言うと、その場を立ち去ろうとした。


「……えっと、ピルチャちゃん。俺になんの用かな?」

「買い物に付き合って欲しくて」


 町の外へと向かおうとするシャルルの袖をしっかり掴んだピルチャは、シャルルに要件を聞かれるととびきりの笑顔でそう答えた。


「俺が女の子の買い物に付き合っても面白くないと思うけど」

「いやいや、シャルルさんには荷物持ちを頼みたくて」

「おいピルチャ。それなら俺が」

「エイデンは黙ってて?」

「あ、はい」


 笑顔で押し切られ、シャルルと買い物をすることになった。

 シャルルはとくに急いでいるわけではないらしく、買い物に付き合ってくれるそうだが、問題はシャルルに荷物持ちを依頼したピルチャの姿が早々に見えなくなったことだ。


「エイデンもいない……」

「あの二人も方向音痴なのか?」

「そんなことはないと思うけど」


 これまで一緒にいろんな町を歩いてきたが、二人が迷子になった記憶はない。

 ただこの町は人通りも多いので、もしかしたら人の流れに押し負けて離れ離れになってしまったのかもしれない。

 おそらくエイデンはそれに気づいていち早くピルチャに駆け寄ったのだろう。


「多分二人は一緒にいる。だから心配は無用かな」

「それならいいけど……俺は手持ちぶたさになっちゃったな」

「まぁ、うちの弟子が声をかけたんだし……迷惑をかけちゃったお詫びとしてなにか奢るわ。どうせ朝ごはん食べてないんでしょ」

「うっ、なんでわかるんだ……?」

「勘。私の弟子に同じような子がいたから」

「俺、子供だと思われてそうだな……」


 苦笑するシャルルに出店で買ったファストフードを手渡し、近くの段差に腰掛ける。

 ここは大通りほど人通りが激しくなく、気兼ねなく食事を楽しめるだろう。


「ありがとな」

「いいえ。正直な話、お金に余裕があるから私」


 今の時代の金銭感覚はなんとなく掴めてきた。どうやらエドソワールでは随分なお給金をもらっていたようだ。

 フィリアの所持金は平民だと一生をかけても稼げない金額だということに気がついて、フィリア自身もそれに気づいた時はちょっと引いた。


「うめぇ」


 はぐはぐと美味しそうにパンにかぶりつくシャルル。それをフィリアは隣で座って眺めていた。




「はぁ、やっぱりこれは恋の予感……」

「なぁ、ピルチャ。なんで俺たちは遠くからフィリアたちを見張ってるんだ?」

「見張っているんじゃなくて、見守っているの」

「はぁ? 意味わかんねぇ。さっきも急に腕引っ張られてフィリアたちとはぐれたし」

「あの二人をデートさせるためよ」

「……誰もそんなこと頼んでなくないか?」


 やっと幼馴染が奇行に走っていることに気がついたエイデンはため息をついた。


「余計なお世話って知ってるか? さすがの俺でも知ってるけど」

「うるさい」


 ピルチャは談笑するフィリアたちを眺めるのに必死だ。時ににやついたりしているのは、幼馴染として止めるべきかとエイデンは葛藤した。

 まぁ、シャルルとかいう男に惚れたわけではないとわかって一安心したかどうか聞かれるとなにも言い返せないが、それはそれとしていつまでこれが続くのだろうかとエイデンは悩み、ピルチャに声をかける。


「私としてはこのままシャルルさんに旅の仲間に入ってほしい。ほら、エイデンも剣の師匠欲しいでしょ?」

「いや、まぁ、欲しいっちゃ欲しいけど、別に独学でもいいし。それにフィリアも多少は剣の扱い方わかるみたいだし」

「さすがは高潔の魔女よね〜。魔法だけじゃない、多彩な才能に恵まれているって感じ」

「ピルチャは魔法を学びたいんだろ」

「うん。けどフィリアさんには幸せになってほしいから。だから全力でその恋を応援したいの」

「いや、フィリアは別にあいつに惚れてないだろ」

「これから惚れるかもしれないじゃない!」


 幼馴染の熱量が怖い。エイデンはその勢いに若干後退りながら、そういえばこいつ頑固だったなと思い出すと、とりあえず気が済むまで放っておこうと心に決めた。


「あっ、今フィリアさんがシャルルさんの頬に触れ――」


 きゃあと浮き足立つピルチャの視線の先ではフィリアがシャルルの頬についたソースを拭おうと手を伸ばしていた。

 そしてその指先がシャルルの頬に触れる、ことはなく、その間に見慣れたスライムが姿を現す。


「フィー!」

「お、昨日のスライム」


 フィリアたちの注目はエドへと向いた。そしてシャルルの頬についたソースはシャルルが自分で拭い取った。


「ぐぬぬ、エドくん邪魔なんだけどぉ」

「そーですねー」


 食いつくようにフィリアたちの様子を見つめるピルチャ。エイデンはその後ろで目の前を飛ぶ蝶を視線で追っていた。


「エドくんも引っ張ってこればよかった……」

「そーですねー」

「せっかくいい雰囲気だったのに……!」

「そーですねー」


 ピルチャの視線はフィリアたちに釘付けだ。エイデンは完全に興味を無くして適当に相槌を打ちながら野良猫と戯れ始めていた。


「くっ、残念だけどエドくんがいる限りこれ以上いい雰囲気にはなれない。ハッ、まさか……わざと邪魔してる?」

「そーですねー。あっ、こら引っ掻くなって」

「エドくんは異常なまでにフィリアさんに懐いている。魔獣と人の禁断の恋、ってこと?」

「ちょ、俺は飯持ってねぇから。こら、くすぐったいだろ」

「あ、でもフィリアさんは魔族との混血か……ん? なにがなんだがこんがらがってきたんだけど」

「こら、やめろってば。あ、あはは、ちょ、くすぐってぇ」

「……エイデン、なにしてんの?」

「あ? なにって、猫と遊んでる」

「……はぁ」

「なんで俺が呆れられてんだよ⁉︎」


 自由奔放な幼馴染に振り回されて、エイデンは不満を露わにした。




「今、エイデンの声が聞こえた気がする」

「本当か? よかった、合流できそうだな」


 どこかからかエイデンの声が聞こえてフィリアは立ち上がった。

 エドに懐に戻ってもらい、声のした方と向かう。


「あ、こ、こんにちは〜。やっと合流できた〜。実は私たち人混みに流されちゃってぇ」

「やっぱりそうだったんだ。怪我はない?」

「全然平気!」

「ピルチャちゃんは買い物に行きたいんだっけか」

「いや、もうエイデンと二人で行ったので大丈夫です」


 シャルルの問いにピルチャは笑顔で返した。

 その奥にいるエイデンは心なしか疲れているように見える。きっと人混みの中でピルチャが押し潰されないように頑張って守っていたのだろう。

 もう少し気持ちを素直に伝えられたら二人はうまくいくと思うのだが、それはフィリアが口出しすることではない

 若人の恋愛に口を挟むのは野暮だと考えて、フィリアはなにごともなかったかのように振る舞うことにした。


「じゃあ出発しましょうか」

「はい! ちなみになんですけど、シャルルさんはどこに行かれるん予定なんですか?」

「俺は王都の方に向かう予定だけど」

「なら私たちとは逆ね。気をつけて」

「ああ、ありがとな」


 シャルルは王都方向に向かって進むようなので、町の入り口で別れることにした。

 手をぶんぶんと振って歩いていくシャルルは少し進んで、方向が違うことに気がついたのかすぐに道を変えていた。


「あの様子でちゃんと王都に行けるのかちょっと心配」

「でも向かう先が違いますもんね〜。私もうちょっとシャルルさんと一緒に旅したかったかも」

「あら、それはどうして?」

「フィリアは気にしなくていいよ。ピルチャのやつ、なんか変な妄想に浸ってるだけだから」

「ふーん」


 首を傾げながらも頷く。

 ピルチャにはピルチャなりの考えがなにかあったのだろう。しかしエイデンが気にするなと言うことは、本当に些細なことなのだろう。なんやかんやでエイデンはピルチャのことをよく理解している。


「次に目的地はフィケトーで三番目にでかい地方都市ってやつだよな? 俺あそこ行ってみたかったんだよ。いい鍛冶屋がいっぱいあるって噂だ」

「そう、たしかにエイデンの剣は新調したほうが良いかも。魔獣の相手をして刀身がボロボロになりかけてるから」

「私の魔法じゃ直せないですもんねー」

「ええ、魔法は万能ではないから。かすり傷を治すことはできても、体の内に巣食う病を治すことはできない。無機物の修理だってやろうと思えばできないことはないけど、専門家に頼んだほうが仕上がりがいい」

「さすがはフィリアさま、自分の魔法の技量を完璧に把握されているのですね!」

「……嫌ってほど、体感させられたから」


 流行病に罹り、日に日に痩せこけていく体。終いには自らの力で起き上がることすらできなくなり、口に水を流し込んでは咽せる。

 あの流行病でいったい何百人が犠牲になったか。思い出したくもない悲惨さだった。

 なにより苦しむ病人の前でなにもできなかった自分の不甲斐なさに頭が痛くなる。

 そんなフィリアに気遣ってか、最期を笑顔で飾った一人の弟子。フィリアの最後の愛弟子。


「……最後じゃ、なくなったけど」

「え?」

「なんでもない」


 ピンク色の髪が特徴的な可愛らしい弟子の疑問符に首を横に振って、フィリアは馬車に乗り込んだ。

 次は鍛冶屋に行って、エイデンに新しい武器を買ってあげよう。エイデンには魔法を教えているわけではないので弟子とは言えないかもしれないが、旅とは意外な縁に出会うもの。それを無碍にしないように、大切にしなければならないとフィリアは考えている。

 だから旅の途中で出会ったピルチャもエイデンも大切に、親しみを持って接するべきだ。

 もし人と関わることを拒絶したら、それは魔女フィリアにとって永遠の孤独を意味する。


「良いところの武器っていくらくらいするんだろうな〜」


 馬車に揺られながら、次の目的地を想像して期待に胸を躍らせるエイデンはここ一番で楽しそうだ。

 やはり武器を携帯する者として新しい武器には心躍るようだ。


「高くても私が払うから問題ない」

「いや、それじゃあ俺の気がすまねぇって。ただでさえ普段の旅費もフィリアが出してくれてんのに」

「子供なのだから気にしなくていい。そんなに気になるなら、私を驚かすほどの成長を見せて?」

「それなら……おう、任せとけ! フィリアの知り合いの中で一番の剣士になってみせっからよ、っていてぇ!」


 エイデンが胸を張ると、そこにエドが突進した。エイデンの悲鳴が聞こえ、そして怒鳴り声に変わる。


「こぉら、エド! お前、何回俺に体当たりすれば気が済むんだよ!」

「フィ」

「今笑ったろ! 絶対笑った! 鼻で笑いやがった!」


 一瞬にしてギャーギャーと馬車内が騒がしくなった。

 それをフィリアとピルチャは微笑ましそうに見つめていた。

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