第11話

 熊を倒した男性の名はシャルル。なんでも二日前にこの洞窟がある山の中にやってきたらしく、通り雨を避けるために洞窟に入ったところ出口がわからなくなって彷徨っていたらしい。


「どうして一本道で迷うの?」

「いやぁ、俺は昔から方向音痴って言われててな」


 参った参ったと笑うシャルルに、方向音痴ってそこまでだっけと首を傾げながらフィリアはシャルルを出口に案内していた。

 フィリアは入ってきた場所とは別のところにも洞窟の出入り口があると思っているが、隣でグーグー腹を空かせたシャルルを出口探しに付き合わせるわけにはいかない。

 そう思ってピルチャたちが待っている道を引き返していた。

 しばらく道なりに歩いていると、灯りが見えた。ピルチャたちだ。


「フィリアさん、お帰りなさい! エドくんは大丈夫でしたか?」

「ええ」


 フィリアの存在に気がつき、ぱあっと顔色を明るくさせたピルチャが小走りで近づいてくる。その隣にはエイデンもいた。ちゃんとおとなしく待ってくれていたようだ。


「なんだ、まだお仲間がいたのか」

「ええ、この子は私の弟子……と言っていいと思う。ピルチャよ。こっちの子はエイデン。貴方と同じ剣士なの」


 二人の姿を見て驚いているシャルルに旅の同行者の説明をした。

 昔弟子を取っていた頃ほどハードな修行はさせていないが、それでも魔法の使い方を教えている以上ピルチャも弟子と言って過言ではないだろう。

 エイデンは魔法の才はからきしなようで魔法を教えたことはないが、それでも独学でよく頑張っている方だ。


「へぇ、そいつぁお手合わせ願いたいもんだな」

「なっ、なんだお前」

「なっ、ななな、なんてことかしら、一人で先に行ったはずのフィリアさんが知らないイケメンと一緒に帰ってきた……これはまさか、恋の予感⁉︎」

「ピルチャ、なにか言った?」

「い、いいえ〜。なんでもないです〜」

「不思議な子だな」

「二人ともいい子だから」


 急に現れたシャルルに驚く二人だったが、事の顛末を話すと理解してくれたようで一緒に洞窟の外を目指すことになった。


 狭い洞窟内を四人と一匹で歩く。

 横並びでは歩けないので灯りを持つフィリアが先頭になって歩いているのだが、先程から一番後ろにいるはずのピルチャがぶつぶつとなにかを呟いている。

 なんて言っているのか言及する気はないが、深刻そうな顔をしているのでピルチャなりに魔獣戦での魔法の使い方でも振り返っているのだろう。


 それはそれとして、なぜか先程からフィリアの腕に抱かれているエドが一言も発していない。

 いつもならフィーフィー言って懐いてくるのだが、ずっとムスッとした顔のままおとなしくしている。

 もしかしてフィリアを庇った際にどこか怪我をしてしまったのだろうか。しかし見える位置に怪我らしき怪我は見当たらない。

 ここまでおとなしいエドは初めてだ。こんなに静かだと調子が狂ってしまう。

 フィリアがエドになにか声をかけるべきか迷っていると、先方が明るんできた。どうやら洞窟の出口にたどり着いたようだ。


「おお、久しぶりに見る太陽!」


 洞窟から出て、シャルルは思いっきり深呼吸した。暗くじめじめとした洞窟で一日以上過ごしたのだ、外の空気がおいしいと感じるのだろう。

 外に出られて笑顔を浮かべるシャルル、の腹の虫が元気に鳴いた。


「……へへ」


 シャルルは恥ずかしそうに笑う。無理もない、ずっとなにも食べていなかったのだ。

 フィリアたちは洞窟を出たら町に戻る予定だったので、そこにシャルルが一人混じってもなにも問題はないだろう。

 むしろ近くの町まで案内してあげないと、方向音痴のシャルルは町にたどり着く前に空腹で倒れてしまう可能性が高い。

 ピルチャたちに意見を聞き、反対の意見はなかったのでシャルルを連れて宿をとっている町に戻る。

 森から町まではそう遠くはない。歩いて一時間ほどもすれば町に帰ることができた。


「私、旅を始める前より体力がついた気がする!」

「俺は元から全然余裕だけどな。ずっと鍛えてたし」

「なによ、そこは素直に褒めてくれてもいいじゃない」

「はは、二人は仲がいいんだな」

「なっ、べ、別に! 幼馴染だから、他のやつよりちょっと仲良いってだけだから!」

「おお、これはもしや?」

「たぶんそう」


 シャルルの言葉に顔を真っ赤にして必死に否定的な言葉を並べるエイデンの姿に、シャルルはエイデンのピルチャへの想いに気がついたようだ。

 フィリアも気が付いてはいたが、本人が言わないので静かにシャルルの言葉に頷いた。


「なによー、そんな言い方しなくたっていいじゃない。もうっ!」

「……こっちももしや?」

「おそらくそう」


 エイデンの必死の否定に、頬を膨らませて不満げに顔を逸らしたピルチャを見てシャルルはまたまた察したらしい。

 フィリアも察していたのでまた静かに頷いた。


「いやぁ、青春だねぇ」

「若い」

「お嬢さんも若そうだが? 俺なんて二十四さ。そろそろ身を固めたらどうだってみんなに言われてる年齢だよ」

「私はゆうに百を越しているから」

「へー……へ?」


 きょとんとするシャルルをレストランに案内する。

 ちょうど腹が減っていたんだとエイデンが言うので、シャルルと食事をともにすることになった。


「はぁ、初めて会った人と一緒にご飯……急激に近づく二人の距離……キャー」

「ピルチャ?」

「なんでもないです〜」


 先程からピルチャの様子がおかしい。顔を赤らめたり震えたり、明らかに様子がおかしいが、本人は大丈夫だと言い張った。

 怪我をしている様子もないので、放置していてもいいだろう。ピルチャは魔法にかける熱が強いので、きっとそれ関係のことでも考えているのだろう。魔法使いが魔法のことを考えるのはなにも悪いことではない。


「いやぁ、でも助かったよ。もしフィリアたちに出会えなかったら俺はあのまま洞窟の中で力尽きていただろうな」

「どうしてシャルルはあの森に?」

「ちょっと薬草の採取とやらを頼まれてな。依頼された薬草を採ったは良いものの、そのあと無事に迷ったってわけだ」

「もう名前で呼び合う仲……! 良い……!」

「おい、ピルチャ? マジでどうした?」

「なんでもないって。ただの乙女心だから」

「は?」

「エイデンにはわからないでしょうね。人の恋路を見守る楽しさが」

「マジでなに言ってんだ?」


 シャルルと言葉を交わすフィリア。その前の席ではエイデンとピルチャがなにやら話をしていた。


「ごちそうさまでした! よし、じゃあ買い物に行きましょう!」

「慣れない洞窟を歩いて疲れたでしょう。今日はもう休んだ方がいい」

「いやいや、全然大丈夫ですって。ほら、シャルルさんも買い物とかしたいですよね?」

「え、俺? いや、別に……頼まれてた薬草を届けないといけないから」

「それは大変、方向音痴だと迷っちゃいますよね! この町、そこそこ大きいので!」

「いや、さすがに一度来たところは覚えて」

「よぉし、いっくぞー!」


 食事が終わり、レストランを出ると急にはきはきとピルチャが今後の予定を決め出した。

 フィリアは宿に戻って休むことを勧めたのだが、まだ大丈夫だと言って聞かず、なぜかシャルルの薬草を届けるのに同行することになった。


「……ピルチャ、どうしたの?」

「さ、さぁ? 俺にもわかんない」


 こっそりエイデンに尋ねるが、エイデンも首を横に振るだけだ。

 疲れたどころかむしろ元気そうなピルチャのあとを追いかけて、シャルルの依頼人のところについて行った。


「この町はシャルルの出身とは違うの?」

「ああ、俺はもっと西の方の辺鄙でなんもない村の出だ。なんもないから仕事もなくてな、出稼ぎって形でいろんなところを旅しているんだ」

「へぇ! それはつまり私たちと同じですね⁉︎」

「わ、びっくりした」


 シャルルと話をしていると、間に入り込むように後ろからピルチャが身を乗り出して話に入ってきた。


「ピルチャ、どうしたの? なんだかずっと様子がおかしいけど」

「おかしくないです。むしろ正常! 今とっても楽しいです!」

「そ、そう。それはよかった」


 ピルチャは本当に楽しそうだ。

 これはちょっと疲労でテンションがハイになっているのかもしれない。今日はゆっくり眠れるように気分の落ち着くハーブティーを淹れてあげた方が良さそうだ。


「シャルルさんはどこの宿に泊まるんですか?」

「俺は野宿かな。削れるところは削りたいんだ」

「そんな! 洞窟の中を彷徨って、野宿だなんて! 風邪をひいちゃいますよ?」

「体は頑丈だから大丈夫」

「いやいやいや。私シャルルさんが心配で夜も眠れないですよ。ね、フィリアさん?」

「え? ええ、そうね。今日くらい宿で休んだら? 宿代なら私が払うわ」


 急に話を振られてフィリアは動揺しつつも、ピルチャの意見に同意した。

 シャルルはずっと洞窟の中を彷徨っていたのだ。体への負担は大きいだろう。

 お金の問題であればフィリアは心配する必要はない。なので宿代を出すのでシャルルには宿で休むことを勧めた。


「いや、でもさすがにそこまでしてもらうのはちょっと……申し訳ないからなぁ」

「私は気にしないわ」

「……うーん、たしかに久しぶりにベッドで寝たい。けど……」


 シャルルは唸り声をあげながら悩み、そして顔を上げた。


「じゃあ、好意に甘えさせてもらおうかな」

「よっしゃきた!」

「え?」

「なんでもないです〜」


 隣でガッツポーズを取るピルチャに驚きを隠せないでいると、ピルチャはすっと笑顔に戻って話を流した。


「そういえばピルチャは買い物がしたいんだっけ」

「いえ、それは明日にします。もう日が暮れちゃったので……いや、薄明かりの下ってのもなかなかにロマンチック?」

「ピルチャ?」

「ああ、いや、なんでもないです。この時間だとお店閉まっちゃうと思うんで」

「それもそうね」


 相変わらずピルチャの情緒は忙しそうだ。

 買い物には明日行くことになって、フィリアたちは宿に戻った。

 受付でシャルルの分の部屋も借り、各々の部屋へと戻る。


「……エド?」


 部屋の扉を閉めて、町中ではずっと懐に身を潜めていたエドに声をかける。しかしなかなか出てくる様子はなかった。


「貴方の分の食事、用意してあるけど」

「……」


 宿に戻ってくる前に買っておいた料理を置く。しかしそれでも懐から出てくる様子はない。


「エド。私寝たいのだけど」

「……ム」


 不満げな声を漏らしながらも、やっと出てきてくれた。

 そしてそのまま料理にかぶりついていた。


「ム……ム……」

「エド、美味しい?」

「ム」


 ベッドに横になってエドに問いかけると、短い返事が返ってきた。

 いつもなら町の中では身を潜めている分、部屋の中では元気に飛び回っているので、どうも違和感を感じる。


「どこか痛いところでもあるの?」

「ムー」


 エドは体を横に振る。やはり怪我をしたというわけではないようだ。


「……やっぱり魔獣の考えていることはよくわからない」


 エドは魔獣の中でも比較的会話が成立すると言うか、意思疎通ができる方だと思う。しかしそれでも魔獣は魔獣。完璧な意志の疎通は出来なさそうだ。


「あ」


 そういえばピルチャにハーブティーを淹れてあげようと思っていたのだ。

 寝る前にピルチャの部屋に行こうとフィリアが立ち上がると、エドが足にくっついてきた。


「どうしたの? エドもピルチャの部屋に行きたい?」

「……ムッ」

「?」


 よくわからないが、エドについてくるか聞くと途端に足元から離れていった。ピルチャの部屋には用はないようだ。


「じゃあ、行ってくる。すぐに戻るから」

「フィー」

「……うん、やっぱりそっちの方がいい」


 いつもの鳴き声が聞こえて、フィリアは頬を緩ませるとピルチャの部屋に行ってハーブティーを淹れた。

 なぜかシャルルにも淹れてあげてはと言われたが、エドにすぐに戻ると言った手前寄り道はできない。

 ピルチャの部屋を出ると、そのまままっすぐ自身の部屋に戻った。


「そうだ、今日は私のこと守ってくれてありがとう」

「フィー」


 ベッドの中で、当たり前になったエドを抱きしめながら眠ろうとしたときに今日のお礼を言った。

 そういえばまだちゃんとお礼を言えていないと思い出したからだ。

 さすがにあれでやられるほどフィリアは弱くはないが、それでも怪我をせずに済んだのは間違いなくエドのおかげだ。

 フィリアが礼を言うと、エドは嬉しそうに顔を擦り寄せてきた。本当に人懐っこい子だ。

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