第5話 文化祭の準備
新学期が始まってから数週間が過ぎた。僕たちの学校では、秋に開催される文化祭「鳴瀬祭」の準備が本格的に始まっていた。鳴瀬祭は、中高一貫の鳴瀬学園が誇る大規模な文化祭で、全校生徒が一丸となって取り組むイベントだ。3日間にわたって行われるこの祭りは、校内外の人々にとっても一大イベントである。
文化祭の出し物を決める会議は、学期が始まってすぐに行われた。クラス全員が集まり、どんな出し物をするかを議論した。
「皆さん、そろそろ文化祭の出し物を決める時期ですね。何か良いアイデアはありますか?」
クラス委員長の佐藤が仕切っていた。彼女は責任感が強く、クラスメイトからの信頼も厚い。
「模擬店とかいいんじゃないか?他のクラスはどんなのを考えてるんだろう?」
「前の年は、お化け屋敷とかカフェとかが人気だったみたいだね」
「じゃあ、今年は和風カフェなんてどうかな?」
僕が提案すると、クラスメイトたちから賛同の声が上がった。
「和風カフェか、面白そうだな」
「確かに、大和の家って和菓子屋だもんね。和菓子を出したら絶対に人気出るよ!」
「それ、いいね!」
和風カフェの案はすぐに採用された。みんながそれぞれのアイデアを出し合い、具体的なメニューや装飾の計画を立てていった。
「大和、君の家の和菓子を使ってもらえるかな?」
「もちろん!父さんにも話してみるよ」
そして、ヒカリが転校してきたその日、クラス全員が彼女の登場に驚いた。彼女が自己紹介を終えた後、クラスメイトたちはすぐに彼女に和風カフェの手伝いを頼んだ。
「ヒカリさん、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします!」
僕はクラスメイトたちのヒカリへの期待と興味に少し驚いた。彼女の美しさだけでなく、その素直で前向きな性格もすぐに皆の心を掴んだのだろう。
――――
和風カフェの準備は順調に進んでいた。教室では、みんなが忙しそうに動き回っていた。机や椅子を運んだり、装飾の準備をしたりと、やることは山ほどあった。
「大和、ヒカリ、こっち手伝ってくれ!」
田中が大声で呼びかける。僕たちはすぐに彼の元へ駆け寄った。
「何をすればいいんだ?」
「ここの壁にポスターを貼るんだ。それと、メニューを作るためにアイデアを出してほしい」
「了解」
僕とヒカリはポスターを貼りながら、メニューのアイデアを話し合った。ヒカリは和菓子の知識も豊富なので、カフェのメニューに和風のデザートを取り入れることにした。
「どうかな?和風のデザートも出したら、きっと人気が出ると思うんだけど」
「それ、いいね!じゃあ、メニューに加えよう」
田中もそのアイデアに賛成してくれた。クラス全員が協力し合って、文化祭の準備は順調に進んでいた。
さらに、和菓子作りの体験会を開くことになった。厨房担当のメンバーだけを集め、調理室を借りて和菓子作りのレクチャーを行うことにした。
「皆さん、今日は和菓子作りの体験会を開きます。大和さんとヒカリさんが先生です。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
今日作る和菓子は「どら焼き」と「葛饅頭」に決まった。どちらも比較的作りやすく、見た目も季節感があり、文化祭でも人気が出るだろう。
「まずはどら焼きから始めます。どら焼きは生地が大事なので、丁寧に混ぜていきましょう」
僕が説明をしながら、生地を作る手順を見せる。ヒカリも隣で手伝いながら、ポイントを説明してくれる。
「生地を焼くときは、焦げないように注意してください。均一に焼けるように、火加減も調整しましょう」
次に、葛饅頭の作り方を説明した。ヒカリが透明な葛の扱い方を実演しながら説明する。
「葛の生地は滑らかに仕上げることが大切です。餡を包むときに形が崩れないように、丁寧に包んでください」
クラスメイトたちは真剣に聞き入りながら、実際に和菓子を作る手を動かしていく。初めての経験に戸惑いながらも、次第に手際が良くなっていくのがわかる。
「ヒカリさん、すごく上手ですね!」
「ありがとうございます。和菓子作りは楽しいですよ」
ヒカリの教え方が丁寧でわかりやすいこともあり、クラスメイトたちは次々と美味しそうなどら焼きと葛饅頭を作り上げた。
僕はその光景を見て、改めてヒカリの素晴らしさを実感していた。彼女は和菓子作りだけでなく、人を教えることにも才能がある。そんな彼女と一緒にいることができて、本当に幸せだと感じる。
――――
放課後、ヒカリと一緒に帰る途中、彼女がふと真剣な表情になった。
「大和さん、桐谷さんがまた私に声をかけてきました」
「え、またか。何て言ってたんだ?」
「放課後、一緒に帰ろうって。でも私は大和さんと帰るからって断りました」
「そうか……ありがとう、ヒカリ」
僕は少し不安を感じたが、ヒカリの毅然とした態度に感謝した。桐谷がどれだけしつこくアプローチしてきても、ヒカリが僕を選んでくれていることに自信を持つべきだと自分に言い聞かせた。
――――
翌日、放課後の校庭で、桐谷がヒカリに声をかけているのを目撃した。
「ヒカリちゃん、ちょっといいかな?」
「はい、何ですか?」
「昨日も言ったけど、放課後一緒に帰らない?美味しいカフェを知ってるんだ」
「ごめんなさい。私は大和さんと帰るので」
ヒカリの断りにも関わらず、桐谷はしつこく続けた。
「大和なんかと一緒にいるより、俺と一緒の方が楽しいって。君みたいな可愛い子があいつといるのはもったいないよ」
「申し訳ありませんが、私は大和さんが好きです」
「大和ってそんなに魅力的か?俺なら君にもっと楽しいこといっぱい教えられるのに」
ヒカリが再び断ろうとしたその時、僕は耐え切れずに桐谷の前に立ちはだかった。
「桐谷、もうやめてくれ。ヒカリは僕の彼女だ。しつこくするな」
桐谷は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。その笑顔はどこか冷たく、薄っぺらい感じがした。
「ヒカリちゃん、君は本当に彼でいいの?俺ならもっと君を楽しませられる自信があるんだ。俺のこと、ちゃんと考えてみてよ」
桐谷の言葉は一見真剣そうに聞こえるが、その裏には自信過剰さと軽薄さが見え隠れしていた。
「でも、私は大和さんが好きですから」
ヒカリの言葉に、桐谷は笑顔を保ちながらも、内心で苛立ちを感じているようだった。
「わかったよ。君がそう言うなら、それでいいさ。でも、俺は諦めないよ。いつでも俺のところに来ていいんだからね」
そう言い残して桐谷は去っていった。僕はその場に立ち尽くし、ヒカリと顔を見合わせた。
「大和さん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ありがとう、ヒカリ」
「気にしないでください。大和さんが私のことを信じてくれているなら、それで十分です」
ヒカリの言葉に僕は少し安心したが、心の中には桐谷への警戒心が芽生えていた。彼がどれだけしつこくても、ヒカリを守り抜くという決意を新たにした。
――――
家に帰ると、父が和菓子作りに没頭していた。ヒカリもそれに加わり、二人で新しい和菓子のアイデアを試作していた。
「ヒカリちゃん、この餡の味どうかな?」
「とても美味しいです。でも、もう少し甘さを控えめにするともっと良くなると思います」
「なるほど、ありがとう。じゃあ、そうしてみよう」
父とヒカリが一緒に和菓子を作る姿を見て、僕は彼女の才能に改めて感心した。ヒカリが家族の一員として溶け込んでいることに、僕は心から嬉しく思った。
その夜、寝る前にヒカリと二人きりで話す機会があった。僕は桐谷のことをどうしても気にせずにはいられなかった。
「ヒカリ、今日の桐谷のことだけど、本当にごめんね。君に嫌な思いをさせちゃって」
「大和さん、そんなこと気にしないでください。私は大和さんと一緒にいることが一番幸せです」
ヒカリの言葉に僕は胸が熱くなった。彼女の信頼と愛情を感じ、僕は決意を新たにした。
「ありがとう、ヒカリ。君がいてくれるから、僕は頑張れる」
「私もです。大和さんがいるから、私も頑張れます」
お互いに手を握り合いながら、僕たちはこれからも一緒に歩んでいくことを誓った。
――――
文化祭の準備が進む中で、クラスメイトたちとの絆も深まっていった。ヒカリの存在がクラスに新しい風を吹き込み、みんなが一丸となって成功を目指していた。
「大和さん、一緒に頑張りましょうね」
「もちろん。ヒカリと一緒なら、何だってできる気がするよ」
ヒカリと手を取り合って、僕たちは文化祭の成功を誓い合った。この先に待っているのは、楽しい思い出と、少しの試練かもしれない。でも、ヒカリと一緒なら乗り越えられる。そんな確信を胸に、僕たちは前へ進み続けた。
――――
文化祭前日の夜、家族全員が一緒に夕食をとっていた。母がふと話題を振った。
「そういえば、大和。明日の文化祭、和風カフェって楽しみね。ヒカリちゃんも一緒にやるんでしょ?」
「うん、そうだよ。クラスのみんなで協力して準備してきたんだ。きっと成功すると思う」
「ヒカリちゃん、どんな役割をするの?」
「私は和菓子作りを担当します。大和さんと一緒に美味しい和菓子を作りますので、楽しみにしていてください」
「それは素晴らしいわね。みんな頑張ってね」
家族全員が笑顔で会話を楽しみ、和やかな雰囲気が漂っていた。
ガラケー拾った。彼女ができた 柳屋 @sukenoryu
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