エピローグ そして少女は鉄槌を振るう
うだつの上がらない男が目を覚ますと、そこはいつも利用していたビジネスホテルの部屋だった。宿泊していた部屋のベッドの上だった。
体を起こしたいが、痛みに襲われて動けなかった。痛みに慣れてゆっくりと起き上がる。なんとか手を伸ばしてカーテンを開けると、眩しいほどに朝日が入ってきた。
枕元に置いていたアイフォンを手に取る。思ったより時間は早くて、まだ八時を過ぎたばかりだった。メールや着信がいくつか来ていた。行く予約をしていた店からで「大丈夫ですか?」など心配されている内容ばかりだった。──しまった。麻婆豆腐を食べに行く予定だったのに。ちゃんと謝りに行かないと。
メールを確認していると、今までのことが夢かと思った。だが体全体を襲う痛みと、鏡を見て治療された形跡を見付けたら、夢ではなく現実なのだと改めて理解した。それなら、あの少女はどこへ消えたのだろうか。
思い出に耽ることをやめて向きを直す。そこで、机にメモ書きが置かれていることに気付いた。綺麗な字体で、男に当てた手紙だった。
『巻き込んだことを謝罪します。
私物を見て宿泊のホテルを知って運びました。
今回の一件で、貴方の今後に危害が及ぶことはないと思います。そしてどうか、普通の生活を送って下さい。
貴方の行動と勇気に敬意を。
Sより』
「……随分と、丁寧なことで」
見た目と口調のせいもあり、文面とはいえ敬語なのは少し笑ってしまった。
ここが潮時なのだろう。
彼女は存在した。去年に出会った少女もまた存在している。あの時、最後に見付けたあの姿は間違いではなかったのだ。
それだけわかれば充分だ。ちゃんと生きている。ちゃんとそこにいる。だからもういい。真実を理解して嬉しくなった。
ベッドから立ち上がる。とても空腹だった。傷を見て大丈夫だろうと思い、シャワーを浴びてから朝食を食べに行こう。そして店の人に謝りに行こう。もしかすれば、麻婆豆腐が余っていて食べれるかもしれない。
清々しい朝を迎えて、男は顔を上げることが出来ていた。
◇
制服の上にコートを着た少女は駅にいた。
道具一式とバイクを図書館に返し、用事を全て済ませた少女はホットコーヒーを購入し、外にある喫煙所で煙草を吸いながらコーヒーを飲み、新幹線の発車時間に合わせて改札前で待っていた。女子高生が煙草を吸っているなど酷い絵面だが、少女は気にしなかった。
朝から電話がよくかかってきていた。仕事の上司やムカつく同僚や唯一の友達と電話した。色々と話した。ようやく電話を終え、疲れて溜め息を漏らす程だった。
出発時間が近くなってきた。少女は改札を通ろうとしたが、立ち止まって振り返る。一日ちょっとしかいなかったが、どこか勿体なさを感じていた。
出来るなら、あの人にもう一度だけ、ちゃんと感謝と謝罪を伝えたかった。それはもう叶わない。
「柄じゃないけど……」
アイフォンを取り出し、カメラを起動して改札前にある大きなオブジェを捉えて写真を数枚撮った。鬼のような仮面を被り、藁の衣装を纏った神の使い。東京にもある有名な忠犬などのオブジェを撮影した。
「記念にはいいかな」
少女──サキはふっと笑い、改札を通り過ぎていった。
そして少女は、鉄槌を振るう。 雪將タスク @tasuku_yukihata
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