アレグロ・アンダンテ・チェックメイト
未来屋 環
あなたが弾くショパンが好き。
私はいつも、自分とは正反対の男に恋をする。
規則正しく敷き詰められた白と黒の道を、軽やかに彼の指が駆け抜けていく。紡がれていく音に包まれながら、私はそのひとを横に立って見ていた。
この部屋には、白と黒が満ちている。
なにものにも
その前で一心にショパンを奏でる彼の黒髪は、この世界に生まれ落ちたその時からきっとその色を変えていないのだろう。よく映える白い肌に、黒縁の眼鏡が控えめに影を落としている。
白いワイシャツの襟元をきちんと締めるのは、どうしようもない寒がりだからだと彼は言う。実際には、生来の几帳面さがなせる
「君は何事も性急すぎるよ」
先週逢った時、彼は静かにそう言った。
これまでに私が好きになった男達にも、似たようなことを言われたことがある。
加えて、白黒はっきりさせたいこの性分も彼らを追い詰めてしまうのかも知れない。結果、チェックメイトを突き付けられるのは、いつも私の方だ。
また振られてしまうのか――諦めにも似た感情が、私の表情を曇らせた。
「だって――花の命は短いって言うじゃない」
思わず
一通り弾き終えて、彼は鍵盤蓋をそっと閉めた。大切なものを慈しむようなその
すると、彼は前を向いたまま言った。
「速度標語って知ってる?」
唐突な問いに何も返せずにいると、彼はそのまま言葉を続ける。
「『速めに』という意味の『アレグロ』、『ゆっくり歩くような速さで』という意味の『アンダンテ』。曲にはそれぞれ決まった速度標語があって、僕達ピアニストはそれに従ってピアノを弾く」
そして、ひとつ息を大きく吸って――こちらに視線を向けた彼の瞳は、決意の色を秘めていた。
「君はアレグロ、僕はアンダンテ。テンポが合わないこともあるけれど――それでも、君との時間をゆっくり
熱の
(了)
アレグロ・アンダンテ・チェックメイト 未来屋 環 @tmk-mikuriya
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