第4話 違和感



 そもそも張り巡らせる、とは何か。ギフトを張り巡らせることだが、それはすなわちどういうことか説明しよう。


 ギフトの発動手順は物理現象のイメージ、伝達、具現化の三段階に分かれる。例えば、パソコンで文字を打ちたいとなれば、まず脳で書きたい文章を思い浮かべ、そしてそれを神経によって命令を伝達して、実際に指を動かすことでタイピングを行う。いちいち意識してやっていることではないが、原理的にはこういうことだ。


 つまりギフトを張り巡らせるということは、その神経を張り巡らせること。俺の場合どんな場所も凍らせられるようにする状態のこと。ギフト粒子とか細かい話は抜きにするけども。





 グラサン上司に言われた通り、部屋の隅々まで全集中して、己のギフトを張り巡らせたそのとき、けたたましい警報音が鳴った。どこか元の世界の地震速報を彷彿とさせる音で、おもわずのけぞった。


「……え、ちょ、なんですかこれ⁉」

「ふうん、やるじゃないか。あぁユキト、もうギフトは引っ込めてくれ」


 何もわからないままギフトを解除すると、その警報も鳴り止む。俺は少し考えて結論を出したが、その前に他の警備の人たちが混乱し始めた。


「何者だ!」

「総員、構えよ!」

「……あー、みんな武器を降ろしてくれ」


 面倒そうにウラノスが制止すると、良く訓練されている警備員たちはすぐに落ち着きを取り戻した。


「ギフト探知機、ですか?」

「鋭いな、そうだ」


 二人で短く答え合わせをした。俺の推測通り、この部屋にはギフトを使用すると探知機にひっかかり、警報が鳴るシステムになっているようだ。


「なんで俺を使ったんですか?」

「ギフトの使用はリスク。できるだけ他人に能力は開示すべきじゃない」

「……私は?」

「若手は雑用だ」


 まだ短い付き合いだが、彼の下でいつまでも働きたくはないと思う。それとも俺が居た日本社会ではこれぐらい当たり前なのか、分からない。


「しかし、しっかりセンサーも機能するなら安心だろうな」


 どこか台本を読むような口調で、ようやく部屋の中に入るウラノス。俺も慌てて追いかける。このときの俺は、


 一歩足を踏み出して、周囲を確認する。部屋はシンプルな直方体になっていて、天井にはスプリンクラーと、四隅には監視カメラが設置されている。俺がパッと見ただけでもこれだけ監視体制があるが、恐らく他にも何か仕掛けがあるのだろう。


 入口の真反対にはもう一つドアがあり、平時はこの一直線が順路になっているのだと思われる。


「説明を頼む、ハレー」

「はい、無許可で警報音をかき鳴らす不届き者達にも私は寛容ですからね」


 額に青筋を浮かべながら応答する館長。あの、俺は無罪ですよね? 命令されただけですから。そうですよね? なんかアリエルさん苦笑いしてるけど助けてくれますよね?


「御覧の通り監視カメラやギフト探知機など、犯行を未然に防ぐための工夫は大いに盛り込まれていることが分かるかと思います。ですが我々の努力はそれだけではございません」

「つまり?」

「一つがこの部屋の床です。床全体が体重計になっており、ここに新たにおもりが加わると館長室やその他監視室から確認することができるようになっております」


 つまり侵入者が一歩でも床に踏み入れれば、即座にバレるというわけだ。


「そして二つ目が、マイアサウラ・オーブそのものの特性にあります」

「ほう?」


 欠伸をしながら聞き流していたウラノスは、ここで少し興味を持ち始めたように目線をハレー館長に向け、続いてその館長の目線の先に向けた。俺もそれに倣う。どうやら話しながら歩いている内に今回の保護対象の元までたどり着いていたようだ。


「……タマゴ?」

「はい、一見するとただの巨大なタマゴのようですがこれは古代史を探求する上では欠かせない非常に価値の……」


 またハレー館長が雑学を語り始めたので俺は聞き流しモードに突入した。このダチョウの卵のような見た目をした「マイアサウラ・オーブ」というのが、今回の保護対象。一体何のためにこんなものを怪盗が狙っているのか見当もつかないが、館長があれだけ熱く語るのだからなにかしらの方面で価値はあるのだろう。


「……ハレーさん、ご説明ありがとうございます。それでその、特性とはなんですか?」


 ナイス助け舟アリエルさん。館長は思い出したかのようにその特性について語ってくれた。


「おお、すみませんすみません。それでその、何の話でしたっけ?」

「オーブの特性です」

「ええ、そうでした。その特性というのは、


 俺は聞き流していた館長の解説の一部を記憶の片隅から引っ張り出した。たしか、発見時は海底に沈んだ神殿内から見つかったという話だった。ちなみに、なぜ空気に触れると崩壊するのかは現在も分かっていないらしい。


「ですので、このように水で満たされており、尚且つギフトによる攻撃も遮断する強化ガラスのケースの中で厳重に保管しているというわけです」

「つまり、ガラスケースごと運ぶか、何らかの方法で空気に触れないようにしながら運ぶ必要があり、なおかつギフトの使用はできない……」


 この状況が一人の人間に何とかなるようには正直思えなかった。けれども俺の上司は少年のような無邪気な声で―いや実際に肉体は少年なのだけど―呟いた。


「さて、面白くなってきたじゃないか」

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黒川雪斗の事件簿〜チート能力者たちのチート無し推理バトル〜 篠ノサウロ @sinosauro

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